(最優秀作家賞、藝術出版社賞受賞)
®
®
®
無断複写厳禁
ステッカー・シールのご案内
希望の光のご案内

名入れサンキュウシールはここから

「メルシーちゃん」の意味と概念他


メルシーちゃんはあなたの人生の応援キャラクターです

下記のところをクリックすると、そこのところへジャンプできます。
このまま順次ご覧いただいていけば項目順に表れてきます。

意味・・・ 概念他
No1. 人間と人間の間にある目には見えない心の壁
No2. それではどうすれば私たちはこんなすばらしい人間性を常に忘れないようにすることが出来るのでしょうか
No3. 取り戻そう「優しさとぬくもり」(社会のショックオブアブソーバー)
No4. 摩擦の解消と「人間力の復活・向上」
No5. 人類の未来への一つの希望



意味・・・

◎「ありがとう」という意味の愛称キャラクターとしました。
ハートプラス笑顔の核融合反応は「メルシーちゃん」としました。 フランス語の「メルシー(ありがとう)」から名付けたキャラクターの愛称です。メルシーちゃんは人類が共通に持っているすばらしい人間性(神性または仏性の魂=大局的な人間性)を表現したものです。⇒多くの希望を創造します

魂の核融合反応


大局的な人間性=ダイヤモンド魂と命名

(愛)         (笑顔)           (感謝)

太陽の核融合反応
(太陽と魂の核融合反応は同じ理屈です。真実は単純明快の中にあります。詳しくは「地球を捨てて、太陽になれ!!」をご覧下さい)
※核融合反応とは「最強のパワーと明るい光を出す」ことです。

[日本から発信する新しい概念です。あらゆる民族、あらゆる宗教を超えて人類が共通に持っているすばらしいものなのです。]


概念他・・・


No1.人間と人間の間にある目には見えない心の壁・・・救魂革命で打破

 人類は様々な違った価値観(宗教、民族、人種、思想など)という目には見えない心の壁の中に入って生きています。そのことによって、自分たちと違ったものに対して差別や偏見、いじめなどのマイナスの感情が生まれる場合もあります。時にはエスカレートすると憎しみや恨みの感情に変質していく場合もあるのです。そして自分たちと同じ価値観の勢力を拡大していこうという本能的性格を人類は持っています。残念なことにそれらが暴力へとエスカレートしていく場合もあるのです。そしてそれがテロや戦争などの最悪の暴力に発展して多くの尊い命を失う結果につながっていく場合もあります。
 それではこんな人間界の中で何に心を向けたら少しでも「同じ人間じゃないか!」という共通の精神的な自覚を感じることができるのでしょうか。それは難しい問題ではありますが、見えてくる一つのものは、人類が生まれながらに共通に持っているすばらしい人間性に気付き、そのことに心を向けたときです。そのときに目には見えない心の壁が徐々に消えていくきっかけになるのではないかと思うのです。そうすればおのおのの違った価値観を認めつつ生きていけるのではないでしょうか。人間は時々自分たちと違ったものだけに心を奪われ、それに固執します。大局的に共通に持っているすばらしい人間性にまったく心を向けようとはしません。ここに世界平和がなかなか実現できない一つの理由があるのではないでしょうか。それでは人類が共通に持っているすばらしい人間性とは何でしょうか。それは「愛」と「笑顔」と「感謝の心」です。同じ仲間であれば愛せるではありませんか。笑顔を見せることができるではありませんか。感謝することができるではありませんか。しかし、違った価値観の人間に対してはこれらのすばらしい人間性も心の奥底に隠れてしまう場合があります。でもどんな人間でもみんなこれらのすばらしい人間性を持っていることは事実です。しかし、残念なことに一部の勢力は今この地球上ではそれらのことにまったく心を向けずに、逆に暴力による争いを起こしています。それは違ったものばかりに心を奪われ、それに固執し、他の良いところを見ようとしないからです。これらのことは個人でもおきることです。そんなことを何とかできないものかと思って、人類が共通に持っているすばらしい人間性を世界中の子供から大人まで誰でもが簡単に気付いて、少しでも共通の精神的な自覚を感じることができるように目に見えるように表現したのが「メルシーちゃん」です。人間と人間の間にある目には見えない心の壁を打破する力、すなわち人間力(ヒューマンパワー)として表現してみました。人類はこんなすばらしい人間性を共通に持っているのです。一見単純なキャラクターですがこんな概念を有しています。
※ かたくなになった人間の感情を解きほぐすことはなかなか難しいのが現実です。しかし、結局最後は時間がかかるかもしれませんが、「愛」と「笑顔」と「感謝の心」でほぐれ、和解へと進んでいくのではないでしょうか。すべての争いでの暴力は憎しみの連鎖を生む結果に終わるだけではないでしょうか。そしてそのことをまた未来の人は暴力実行の大義にしてしまう可能性があるのです。

今、世界では戦争やテロ、紛争が絶えません。人類の歴史から多くのことを学んでいるはずなのに争いごとはなくなりません。宗教(又は宗派)の違いや民族間等の対立、そして思想の違いによる対立で人間はどうして殺し合いをしなければならないのでしょうか?同じ人間であれば必ず共通点も多くあるはずです。そんな共通点をお互いに探して問題解決の道はつくれないものでしょうか?人間の幸福のためにあるはずの宗教が人間を益々不幸にしている現実も世界にはあります。こんなことはあってはならないことなのに・・・。そんな中にあって多くの違ったものを持っている人間ではありますが、上記の新しい概念はほんのわずかな共通点ではないか、と思っています。そしてそのわずかな共通点が人類の問題解決のかすかな「希望の光」となることを願うものです。

憎しみの連鎖は人類滅亡への入口かもしれないのです

No1. 憎しみの連鎖 
    ↓
No2. 心の中に恨みが蓄積されていく
    ↓
No3. いつかその復讐をしてやろう、という心が生まれてくる
    ↓
No4. 子々孫々にわたりその復讐心を権力者が政治的に利用する可能性がある
    ↓
No5. 相手を滅亡させる正当な理由が醸成されていく可能性がある
    ↓
No6. 滅亡させる最終的手段として核兵器を使う可能性がある
    ↓
No7. 核兵器使用の連鎖がおこる可能性がある
    ↓
No8. 人類が滅亡する可能性がある

※ 憎しみの連鎖は人類滅亡への入口かもしれないのです。しかし、人間の心は七変化できるので憎しみの連鎖を何らかの方法で断ち切ることができる可能性があると思うのです(創作新むかし話「No26.ねずみの``三太郎``の恩返し」をお読みいただければ幸いです)。



No2. それではどうすれば私たちはこんなすばらしい人間性を常に忘れないようにすることが出来るのでしょうか。

その答えの一つはこの「メルシーちゃん」を毎日意識的にイメージすることです。そうすることによって前向きに明るく生きていくことができる可能性が大きく広がります。明るいイメージを持つことによって様々な良いことを獲得することもできるようになります。メルシーちゃんをイメージすることをGood Feeling Image Training(グットフィーリングイメージトレーニング)法と名付けました。頭文字を取ってGFIT(ジーエフアイティー)法とも言います。この方法は脳内のミラー細胞にメルシーちゃんをインプットする方法です。メルシーちゃんが心の酵母となり、あなたの心に入り、あなたの心の奥底に眠っている、又は潜在意識の中に潜んでいるあなたのすばらしい人間性を引き出したり、思い出したり、かたくなになっている心をほぐしてくれたりします。これらの変化は食品の発酵作用と似ています。そのためにメルシーちゃんを心の酵母と表現しました。人間は複数のものを同時にイメージすることはできません。それを利用したのがGFIT法です。人間が本来持っているすばらしい人間性をイメージすることによって自分の心を前向きに明るく良い方向に転換できるのです。
次の@からHの疑問からこのメルシーちゃんが生まれました。
@ 人間はいったい何をイメージすれば「優しさとぬくもり」を少しでも取り戻すことができるのだろうか?
 ぬくもり・・・人の肌の温度ぐらいのあたたかみ。
A 人間はいったい何をイメージすれば「いたわり」「思いやり」「優しさ」の心を少しでも引き出したり、思い出したり、作り出したりすることができるのだろうか?
B 人間はいったい何をイメージすれば、この複雑多忙かつ格差社会が広がる中で少しでも幸福感を感じることができるのだろうか?
C 人間はいったい何をイメージすれば、つらいこと、悲しいこと、苦しいこと、様々な悩みなどの人生上の困難な問題に直面したとき、自分を見失うことなく、少しでも明るく希望を持って生きていくことができるのだろうか?・・・人間にとって精神的な希望の光とは?
D 人間はいったい何をイメージすれば、悪いことを考えて罪を犯そうとしたとき、少しでもその抑止力的効果を期待できるのだろうか?・・・自己中心の心を離れる。
E 人間はよく「心に太陽を」と言うけれど具体的に「太陽」というのはいったい何をイメージすれば人間にとって「太陽」となり得るのだろうか?
F 人間は価値観の多様化した時代に、いったい心の基本的土台を何に求めたらいいのだろうか?
G 人間はいったい何をイメージすれば「雑念」「妄想」(心の霧)を少しでも払拭できるのだろうか?・・・太陽は霧を消すことができる。
ここでの「妄想」はアイデアなどのプラスの妄想ではありません。
H 人間はいったい何をイメージすれば、あらゆる民族、あらゆる人種、あらゆる宗教などを超えて「同じ人間じゃないか!」という共通の精神的な自覚を少しでも感じることができるのだろうか?

メルシーちゃんキャラクターを使った救魂革命で解決


商品コンセプト

No3.取り戻そう「優しさとぬくもり」(社会のショックオブアブソーバー)
こんな世の中はGFIT法®で乗り切ろう!!

現代日本の社会はあまりにも「優しさとぬくもり」を失ってしまいした。それは高度経済成長と無関係ではありません。社会全体の物質と精神(心の財産)のバランスを考えずに日本が経済一辺倒で突っ走ってきた結果かもしれません。戦後、経済が豊かになれば誰もが幸せになれると信じてがんばってきたのです。しかし、結果は自殺者数が3万人以上という年が平成10年から平成21年まで連続12年間続きました。順調な経済発展が、いったんがたつくとこんなことになるのです。また虐待やいじめ、引きこもりなどの諸問題も存在します。またわけのわからない身勝手な動機による無差別殺傷事件などなど、人の命があまりにも軽んじられる事件が絶えません。これらは事件を起こす人間が第一の責任ではありますが、これらの事件が起きてしまう社会的背景というものも考えなければなりません。様々な社会的背景が複雑に絡んで人間の感情が決まっていくということもあるのです。その中でも社会全体の「優しさとぬくもり」を失った結果が大きく影響していると思われます。いくら日本が物質的に豊かになったとしても、目には見えない精神的に失った価値も計算して社会全体として見てみるとプラスマイナスゼロという可能性もあるのです。そして気が付けば親(国)のすねをどんどんかじった結果(経済発展の為にやむを得なかった一面はあります)、日本は超借金大国になりました。そうはいっても今までの日本の歴史の中で問題のなかった時代はありません。どんな時代でも人は様々な問題を抱え、悩み苦しみ、もがきながらも必死になって生きてきたのです。それではなぜ「人は悩み苦しみながらも生きてこれたのか?」という答えを探したとき、一つの答えに気付くのです。それは周りの人々の「優しさとぬくもり」と、問題を抱えている本人の「なにくそ!! こんな逆境に負けてたまるか」という根性です。
 実は競争社会であればあるほど「優しさとぬくもり」は大切だと思うのです。なぜならば人間の心のバランスを保つ上で重要であり、社会の「ショックオブアブソーバー」だからです。自動車にもし「ショックアブソーバー」がなければ、乗っている人間と自動車の本体はそのうちに「がたがた」になってしまうのです。がたがたになってしまった結果、最後には壊れるのです。これからの時代、益々我々日本人は経済環境などが悪化したさまざまな悪路を走行していかなければならないことが予想されます。そんな悪路を走行していくとき人間の心身が「がたがた」にならないように守ってくれる「心のショックオブアブソーバー」が「優しさとぬくもり」なのです。


No4.摩擦の解消と「人間力の復活・向上」

人類は自動車などや産業用機械など、金属を利用し、動力を使って動くものを産業革命以降、本格的に発明してきました。そしてその利益を享受しています。これらの自動車などで最も大切な役割を果たしているのが金属と金属の摩擦を解消する「ベアリング」と「潤滑油」です。この二つがないとどんな高性能な自動車などを設計し、製作しても動かすことができません。この金属と金属の摩擦を解消してくれる「ベアリング」と「潤滑油」は表面には見えません。そして一般人である私たちは常日頃この二つが「摩擦を解消」してくれているのだ、という意識を持って生活しているわけではありません。しかし、このベアリングと潤滑油がないと、どんな高性能な自動車なども、ただの鉄(金属)の塊(かたまり)でしかありません。ベアリングと潤滑油はそれほどまでに重要なものなのです。
 目を私たちの社会に転じてみますと、今、様々な問題が存在しています。その中でも人と人との心の摩擦で、悲しい事件や不幸な出来事が日常茶飯事起きています。これらを少しでも改善していくためには一体どうすればいいのでしょうか。今の時代そんな問題が投げかけられているような気がしています。そしてそれらの問題を説くキイワードが前の行での金属と金属の摩擦を解消してくれる「ベアリング」と「潤滑油」です。この二つに相当するものがあれば、この世の中も人の心と心の摩擦音である「ギスギス」というのが少しは解消されるのではかいでしょうか。そこで「ベアリング」と「潤滑油」に相当するものとして「メルシーちゃん」というキャラクターを考案しました。人間にとって目には、または表面には見えない最も大切なものを表現してみました。理屈ではなく誰でも理解できるようにキャラクターとしたところに特徴があります。この「メルシーちゃん」を少しでも意識することによって頭にきたときとか、短気を出したときとか、切れたときなどに、瞬間的にも我に返り、最悪の結果を防止できるのではないかと思っております。

人間力の復活・向上®

人間社会(家庭含む)という複雑で高度な精密機械を問題なく円滑に動かす最も大切なベアリングと潤滑油に当たるものが「メルシーちゃん®」です。このベアリングと潤滑油が毎日の稼動による負荷によって(毎日の多忙等によるストレスによって)、磨耗したり劣化したりすると高度な精密機械(人間社会)もおかしくなってきます。GFIT(Good Feeling Image Training)法®は、そんな磨耗したり劣化したりした人間社会の人の心を生き生きとさせる一つの方法です。私達の心はストレス等で磨耗したり、劣化したとき取り替えることができないので、自分でメンテナンスをしていかなければなりません。そのメンテナンスの一つの方法がGIFT法®とお考えになっていただければご理解していただけると思います。→人間力の復活・向上®へ[GFITはジーエフアイティー]

 ※ 機械等のベアリングや潤滑油が、磨耗したり劣化すれば新しいものに取り替えればいいのですが、人間の心はそんなことはできません。新入社員のときは人間力が充実しています。ところが年数がたつにつれて磨耗したり劣化していきます。それは様々なストレスによるものです。極端な場合、東京の秋葉原の無差別殺傷事件のようなことが起きてしまうのです。こんな最悪な事件をおこさないためにも人間にとって最も大切なものを表現した「メルシーちゃん®」をイメージすることによって簡単に心をメンテナンスできるのです。私たちの心の最大の敵は「雑念」と「妄想」です。GFIT法®とはそんな敵を蹴(け)散らしてくれるのです。だから時々、人間にとって最も大切なものは何か、ということを意識的に心に思い描くこと(原点に返ること)が大切だと思うのです。    商品コンセプト
人生まずは、心のおしゃれから→心から美しくなれます・・・GFIT法®はミラー細胞によってそれができるのです。
(長い航海の間に船は海に沈んでいる船体にびっしりと貝を付着させます。そしてそれが推進能力を低下させます。そのため船はドックに入ってその貝を落とさなければなりません。私達も長い人生の間にはいろいろな心の垢(あか)が付着します。そんな付着した心の垢を取り除いて、心を軽やかにして本来の能力を精一杯発揮したいものです。GFIT法®はそんな心の垢も落としてくれるのです)

人生の勝利者になるには、まずは心のおしゃれから

ここでの勝利者とは「自分に勝った者」という意味です。なにも金持ちになったとか、事業に成功したとか、俗に言う「勝ち組、負け組」とかいう概念の勝利者ではありません。



No5.
 人類の未来への一つの希望

今、人類が最も心を痛めている問題の一つに「憎しみの連鎖」という悲しい問題があります。この問題は解決の糸口さえ見つかっていません。お互いが徹底的に戦って決着をつけるまでには、おそらく多くの人命が失われるでしょう。また、決着がつくかどうかも含めて、今の時点ではどっちが勝利するかも分かりません。益々事態は泥沼化し混迷を深めています。こんな難しい問題ではありますが、視点を変えて少しでも未来への希望が見出せるかどうか考えてみたいと思います。

 

◎ 「文明の衝突」という概念を捨てて「文明の和解」という概念を持ちましょう・・・・難問も、少し視点を変えてみるとかすかな希望が生まれてくるのではないか、という思いで考えてみました。

 今、こうしている間にも世界では戦争とテロにより尊い命が失われています。憎しみは命が失われる分だけお互いに増えていきます。目には目を。暴力には暴力を。これが「憎しみの連鎖」です。この問題は世界中の人たちが心を痛めている問題です。こんな問題を戦争とテロによって死んでいっている人たちのご冥福を心からお祈りしながら考えてみたいと思います。

今、人類が抱えている大きな問題の一つに「憎しみの連鎖」という悲しい問題が存在しています。この問題の最大の特徴は、一方が「宗教」を前面に出して戦いが行われているということです。そのため、この問題を考えるときに複雑に考えてしまうとなかなか解決の糸口は見えてこないと思います。しかし、理想国家建設や貧困問題等の様々な問題を削り取って、前面に出して戦っている「宗教」を考えてみると、少しは糸口が見えてくるよう気がします。逆に問題解決を様々な観点から思考してしまうと複雑になってわけが分からなくなります。
まずユダヤ教、イスラム教、キリスト教の三大宗教の共通点を見てみたいと思います。この三つの宗教の共通点は旧約聖書がベースにあることです。そして皆さんもご存知のようにエルサレムが聖地です。人間的に表現すれば同じ親から生まれた宗教ということになります。同じ親から生まれたということは兄弟の関係ということになります。ですから「憎しみの連鎖」は善良な市民を巻き込む「最大最悪の兄弟喧嘩」という捉え方もできるのではないかと思うのです。「兄弟喧嘩?」、「そんな考えは甘い」という人もいるかもしれません。いや、ほとんどの人々はそう思っているに違いありません。しかし、考えてみてください、そうでも考えなければ解決のかすかな光も見出すことができないのではないかと思うのです。それだけ問題解決の糸口が見つからない難しい問題なのです。
「憎しみの連鎖」を「文明の衝突」の一つという捉え方をしてしまうと、なんら解決策が見出せない暗黒の泥沼化した人類最悪の問題という絶望的な気持ちになってしまいます。こうなるとなんら希望が見えてきません。そうではなくて、まったく逆の「文明の和解」という発想をした場合、少しは光がさしてくるように思うのです。それでは「文明の和解」という概念の入り口はどこから入っていったらいいのでしょうか。それは各宗教に共通したものを探し出し、そこを糸口にしていけば入っていけるのではないかと思うのです。そうすれば少しは人類の未来にかすかな希望が見出せるのではないかという気持ちになります。ここでは「文明の衝突」という捉え方をするのではなく「文明の和解」という前向きな捉え方をして考えてみたいと思います。ちょっと視点を変えてみるだけで問題の受け止め方が大きく違ってくる場合もあるからなのです。捉え方によって「気持ちがどうなるのか?」ということも大切だと思います。
殺し合いの兄弟喧嘩を進める親は世界中捜してもいないと思います。親はいつも兄弟仲良くやってもらいたいと思っているものです。しかし、悲しいかな、現実は親の思いとはまったく逆のことが行われているのです。普通に生活している私たちも醜い財産争いや、そのほかのことで兄弟喧嘩をすることがあります。中には兄弟喧嘩が高じて殺人事件に発展する場合もあります。親の思いなどまったく考えないで兄弟喧嘩をするのです。しかし、今、戦っている「最悪最大の兄弟喧嘩」には心の根底に信仰があります。この「信仰」があるということは一つの救いがあるように思うのです。中には「信仰があるから救いがない」、「信仰があるから泥沼化、混迷している」と考えている方もおられると思います。このことはごもっともです。しかし、ここでは前者のほうを選択して考えてみたいと思います。旧約聖書の「出エジプト記第20章」には何と書いてありますか? 「人を殺してはならない」と書いてあるのです。信仰心が厚いと自認しているならば、なぜこれを守れないのでしょうか? こんな単純な疑問を抱いてしまうのです。
次に天国についてです。よく宗教の世界では「天国」が登場します。一般的にもよく使います。「天国」ですから「天の国」なのです。ということは、天国は一つだということになります。何の罪もない多くの人たちが「最大最悪の兄弟喧嘩」の巻き添えで現実に犠牲になっています。この人たちの霊は天国へ行きます。また、自爆した人たちの霊も天国へ行くと教えられています。行き先は殺されたほうも、殺したほうも同じです。天国で両方の霊は鉢合わせになるということです。天国で何が起きるかは想像にお任せします。人を殺して天国で心安らかにはなれないことだけはお分かりになると思います。「最大最悪の兄弟喧嘩」を指導している指導者諸氏もいつかはこの世を去らなければなりません。そのとききっと「どうか神様、天国へ召さしてください」とお祈りすることでしょう。しかし、その天国には先に召している何の罪もない多くの殺された人たちの霊が待ち受けているのです。おそらく心安らかにはいかないでしょう。先に召された何の罪もない多くの人たちの霊が今か今かと待ち受けているのです。だから生前に「人を殺してはならない」と旧約聖書を解釈しています。あの世へ行っても霊が休まりません。あの世にも引きづっていく問題なのです。「最大最悪の兄弟喧嘩」をしている人たちがよく使う「天国」という天の国ではこんな矛盾があると思います。
人間は喧嘩をするときは頭に血が上っているときです。このときに何を言っても何の効果もありません。しかし、頭を冷やし冷静になったとき真実が見えてくるものです。喧嘩や大きな罪を犯したあと「何でこんなことをしてしまったのだろう」と思うことはよくあることです。「最大最悪の兄弟喧嘩」をしている人たちに共通しているのは旧約聖書信仰です。そして宗教を前面に出して戦っている人たちは、ひときわ信仰に熱心です。熱心しすぎるほど熱心です。ということは信仰を持っている人たちが戦っているということになります。ということは旧約聖書信仰が共通ということが逆に人類へのかすかな希望となるのではないかと考えられるのです。旧約聖書が共通ということは人間的に表現すれば親が同じということです。
今戦っている人たちは親の言うことをそろそろ聞いてもいいときにきていると思うのです。親の御心は「人を殺してはならない」ということです。親は「人を殺して問題解決はできない」と示唆しているのではないでしょうか。今戦っている人たちは早くこのことに気付いてもらいたいと思うのです。「人を殺してはならない」と書いてある場所は「出エジプト記第20章」です。人類は旧約聖書にこんなすばらしい「神の言葉」が大昔から書かれているにもかかわらず、このことを無視し続けています。そして今でも戦争やテロという名の下に殺し合いを続けています。もうすでに21世紀です。もうそろそろ頭を冷やし親の思いということにも耳を貸してもいいと思うのです。頭を冷やし冷静になり「人を殺してはならない」という旧約聖書の「神の言葉」を実行するときが来ているように思うのです。信仰心の厚い人たちにとってこのことは、そんなに難しいことではないと思うのですが・・・。ここに人類が直面している「憎しみの連鎖」という厚い大きな壁を乗り越えていく一つのキイワードがあるように思います。問題解決の一つのキイワードは、今、前面に出して戦っている「宗教」そのものの中にあると考えます。とにかく親の御心は「人を殺してはならない」ということです。人類がこのことに思いをはせる時代が来ているように思うのです。兄弟喧嘩はいつか仲良くなるものです。ユダヤ教、イスラム教、キリスト教は同じ親から生まれた兄弟だということを決して忘れてはならないと思います。ここに人類の未来への一つの希望があると思うのです。「文明の衝突」という概念を捨てて「文明の和解」という概念を心に持てば、何とかなるのではないか、と少しは明るい気持ちになります。兄弟ということになりますので和解は不可能ではない、というかすかな希望が生まれます。
人類の文明は様々です。人種、民族、宗教、環境、歴史など違うのです。地球で違う文明が成立しているのはある意味必然的なことです。そんな違ったものを持っている人類ですが、その文明の一部に影響を与えている宗教の根っ子の部分を考えることが「文明の和解」へと進んでいく一つの方法ではないでしょうか。
旧約聖書の「出エジプト記第20章」には次のような神の言葉も書かれております。「あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、どんな形も造ってはならない。それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。・・・」と。この神の言葉を絶対と信じて偶像破壊という過激な行動に出たのが、皆さんもすでにご存知のアフガニスタンの有名な人類の文化遺跡「バーミヤンの石仏」の爆破です。遺跡を文化的に価値あるものと判断するか、それとも何の価値もないものと判断するかは、おのおのの価値観によって様々でしょう。ですからこの石仏の破壊も100歩譲って、この行為を善意にとった場合、神の言葉を純粋に絶対と信じて行った行為とも受け取れます。これを破壊した人たちは、過激とはいえこんなにも神の言葉を忠実に守れるのです。ならば同じ神の言葉である「人を殺してはならない」ということをなぜ絶対的信仰心で実行できないのでしょうか。この言葉を絶対的信仰心で、この言葉どおりのことを実行すれば、争いのない世界が実現できる可能性が大きく広がるはずです。石仏を破壊した人たちが信仰している宗教の過激な勢力の方々に声を大きくして言いたい「そんなにも純粋な絶対的信仰を持っているならば、同じ神の言葉である``人を殺してはならない``という言葉もそれと同じく純粋に実行してください」と。
再度、申し上げます。今、世界は「憎しみの連鎖」が止まりません。解決の糸口さえ見つかりません。こうしている間にも多くの命が失われています。果たして人類はこんな状態でいいのでしょうか。 最後になりますが、いままで考えてきたことをまとめてみますと、簡単ではありませんが、まったく解決の糸口がないということではないように思います。それは旧約聖書の``出エジプト記第20章``の「人を殺してはならない」という神の言葉です。この言葉を争っている双方が再度深くかみ締めて、あらためて深く考えてみることではないでしょうか。そのことが「文明の和解」への入り口になるような気がしてなりません。なぜならば双方の指導者は旧約聖書信仰という点で共通であり、ユダヤ教、イスラム教、キリスト教は同じ親から生まれた兄弟だからです。問題解決の入り口が双方の「宗教」そのものの中にあるように思うのです。
仏教も「人を殺すな」と教えています。ですから世界平和を実現する一つのキイワードはその教えをただただ素直に守ることだと思うのです。信仰者はきっとこのことに将来気付くと思うのです。皆さんはどう思いますか? また兄弟というと違和感をもたれる方もおられると思いますが、あくまでも各宗教の根っ子の部分に光を当てての見解です。
人類の救いは大昔から旧約聖書にすでにその答えが書かれていたのです。その答えも戦争やテロの「問題解決の答え」と言っても過言ではないのではないでしょうか。人間的思惑があまりにも強いため意識されてこなかったのかもしれません。人類は「神」を時々自分たちを正当化するために利用してきた歴史もあります。そんなことがまだ続いているとしたら、我々市民が正当化しようとしている主張の矛盾点を見つけ出し、真実を見極めていかなければならないのではないでしょうか。そのためにこそ旧約聖書の「出エジプト記第20章」を意識して光を当てなければならないと思うのです。もしかしたら今、「人間にとって本当の信仰とは何か?」という根本的な問題が人類に投げかけられているのかもしれません。           おわり

人類の民族と宗教はいろいろだけれど、必ずみんなで理解し合えるときがやってくるに違いありません。だってみんな「愛」と「笑顔」と「感謝の心」を持っているのですから。そんな人類が困難を伴うかもしれませんが、永久に理解しあえないはずがない。これからの世界はお互いの違うところを見て非難しあうのではなく、お互いの共通点を見て、共通の目的を探していくことが大切だと考えるのです。なぜならば、世界が相互依存していかなければ、今後人類は生きていけないのです。人類が直面している人口問題、環境問題、食料問題、貧困問題などを考えたとき、争いごとをしている時間はないと思うのですが、みなさんはどう思いますか? 最後にユダヤ教、イスラム教、キリスト教の共通点は旧約聖書が教義の中にあることです。(教典の中に散りばめられているものもあります)。旧約聖書の中の「出エジプト記第20章」には皆さんもご存知の「モーゼの十戒」が記されています。その中に「人を殺してはならない」とあります。現実はどうでしょうか? 信仰心の厚い人ならばお互いに教えを守らなければならないのではないですか? この旧約聖書の共通点が世界平和へのかすかな希望を見出せないものでしょうか?

人類がお互いを理解していくための順番の一つの提案

No1. お互いの存在を認める。
No2. お互いの共通点を探す。
No3. まず友好的になり問題点等を共有していく。
No4. お互いの違いを尊重しあう。
No5. お互いにより理解を深め共通の目的を模索する。


* メルシーちゃんの精神 * No1

毎日の生活の中で笑顔感謝の心を大切に。


* メルシーちゃんの精神 * No2

人生の中で困難な問題に直面したとき、愛と笑顔と感謝の心さえ失わなければ、必ず道は開ける。

あなたの人生の中でいろいろな問題に直面したときメルシーちゃんを強く心の中にイメージして下さい。きっとあなたの力になります。
 愛と笑顔と感謝の心を一つの愛称マークに表現したもの・・・それが「メルシーちゃん」です(人間は形のないもの、目に見えないものは忘れるものです。忘れないために具現化しました)。人間は「愛」と「笑顔」と「感謝の心」を忘れなければ自分を見失うことは少なくなります。
メルシーちゃん=人間力を具現化(下の補足:(3)参照)

(クリックして下さい)

メルシーちゃんはあなたの心を明るくホットにしてくれます


忙しい現代人の「前向きに生きるための新しいスタイル」

 人間の行動やコミュニケーションを妨げている原因の一つに、人間が勝手に考えてしまう(又は思い込む)ものに「先入観」というものがあります。例えば「あの人はきっと私のことを何々のように思っているに違いない」「あの人は私のことを嫌いだ」などと勝手に思い込んでしまうのです。営業職の方にいたってはアプローチもしていないのに「こんな商品を紹介してきっと断られるにきまっている」などと勝手に自分で決めてしまう人もいるのです。そして極端な例としては、他の人が自分をみているだけで「わたしを馬鹿にしているのか」などと思い込む人さえいるのです。悪いことに、だいたい悪い方、悪い方へと思い込んでいく傾向が人間にはあるのです(性格によりこのような傾向が無い人もいます)。又、会話などを全然しなくなった人が「急に冷たくなった」と一方的に思い込み、相手を憎んだりします。相手は冷たくなったのではなく、色々な事が自分に起きているので気が回らなくなっただけなのかもしれないのに、勝手に思い込む人は相手の事などまったく考えないで勝手に考えてしまうのです。最悪の場合、相手に危害を加える人さえいるのです。これらは人間関係やその他の原因で勝手に思い込む先入観です。ほとんどこれらの先入観は「妄想」に過ぎません。
 しかし、人間の弱いところはこのような「妄想」で人との壁を造ってしまうところなのです。このことが行動やコミュニケーションを妨げて、前向きに生きていけない一つの原因になっていると考えられます。本来人間は「人を愛したい、人から愛されたい」という思いを潜在的に持っています。しかしいろいろなことが原因で「妄想」がそれを邪魔するのです。
 人間がいだくこのような妄想(マイナス的要素)を少しでも払拭してくれる一つの方法がメルシーちゃん(笑顔感謝の心)をイメージすること(プラス的要素)なのです。このメルシーちゃんをイメージすることによって、人間が本来持っている「明るさとホットな心」すなわち「人間味(優しさとぬくもり)」を引き出すことができるのです。人間にとって、プラス的要素によってマイナス的要素を払拭することができるからなのです。⇒グッドフィーリングイメージトレーニング®法の真骨頂です。
マイナス的要素の考え方が払拭されたとき、人間は前向きに生きていけるのです。これが忙しい現代人の「前向きに生きるための新しいスタイル」です。

前向きに生きていくと、人間には失敗等のマイナス要素から見逃すことのできない利益が多くあることも分かります。多くの失敗等の苦い経験をすることによって失うものもありますが、受ける利益もおおくあるのです。そしてそれが人間的成長を促す薬(又はビジネスの種)になるのです→失敗等すると失ったものばかりに目を奪われます。しかし失敗等の陰に隠れている、今までまったく気付かなかったことや、新しい発見等の利益もあることを決して見逃してはいけません。次のステップへのエッセンス等が往々にして失敗等のマイナス要素に隠れているのです。


ですから、人生の中で失敗等のマイナス要素に遭遇しても悲観することはありません。何かあった時、下記の「人間的成長図」を見て元気を出して下さい。




※ここで言う「利益」は主に目に見えない利益のことです。例えばリストラをされた場合、リストラを言い渡す人は何の変化もなくそのままの人生です。しかしリストラされた人は新しいことにチャレンジできるチャンスと、新しい可能性を見出すチャンスという利益が生れます。

◎メルシーちゃんステッ カー・シールをご希望の方はここから入れます
◎メルシーちゃん人生訓「希望の光®」をご希望の方はここから

メルシーちゃんはあなたの妄想をふっしょくし、明るく豊かな心をきっと作ってくれるでしょう。あなたの脳細胞に「メルシーちゃん」をインプットして下さい。


あなたは人から「愛」をもらえばきっとうれしいでしょう。あなたは人から「笑顔」をもらえばきっとうれしいでしょう。あなたは人から「感謝」されればきっとうれしいでしょう。メルシーちゃんをイメージすることによって人からもらってうれしいこの3点が心の中に入るのです。そしてきっとこの3点を人にも自然と与えられるようになっていくことでしょう。

悪い考えのすべては妄想から生まれるのです。その妄想を駆逐することによってその「根」を絶ちましょう。




No.1 あなたに「愛」はありますか?

No.2 あなたに「笑顔」はありますか?

No.3 あなたに「感謝の心」はありますか?


 

この3点を毎日自問自答してみてください。きっとあなたの心は明るくなっていくことでしょう。

©MERCYCHAN Pro.

GFIT法は人生の様々な困難を乗り越えたり、また人生をエンジョイする為の一つの極意です。



私たちが抱える難問は時には非常識な視点で捉えていくと解決の糸口が見えてくる場合もあります。下記にそんな発想で考えた対談式の「天の国の緊急ビッグ宗教者会談」という物語を創作してみました。楽しくご覧ださい。この会談でどんな共同メッセージが人類へ発信されるのでしょうか。この物語は創作新昔ばなし他No1. 宇宙創造の神々の攻防No2. まごころ地蔵No12.「まごころ地蔵」のいじめ相談ANo16. スペースシップ「ギャラクシートレーン」No17. 天の国の宴会、も合わせてお読みいただければより分かりやすくなっております。ただし、この物語はアメリカ合衆国のオバマ大統領誕生以前に創作したものです。尚、この物語は天国での偉大な宗教者が、人類の現状を知った時、宗教者という立場で、きっとこんなことを言うのではないかと想像して書いたフィクションです。

あなたの人生への応援詩

天の国の「緊急ビッグ宗教者会談」
作者 児玉春信

地球暦西暦2007年、地球から9000億兆光年離れている天の国の「レイカンリセンター」では天の川銀河の中心に設置してある精霊党のSUMHTE(神界宇宙問題発見探査衛星)からの、ある報告が問題となっていました。その報告というのは「地球におけるテロ問題」というものでした。精霊党党首ウルトラエンゼル総理神とレイカンリ神は、この問題は人類が破滅に向かう初期症状という認識を示し、絶対に見過ごすことのできない重要問題としてとらえました。そしてこの問題は、常識的な視点からの打開策は、到底見出せないと考えて、宇宙史上初めての「人類救済緊急会談」をやらなければならないと決意したのです。それは天の国の超特別区(※A)におられる方々と、特別区におられる方々に声をかけ、「地球におけるテロ問題」の打開策を探るべく「緊急ビッグ宗教者会談」を開くことでした。この会談によって人類の将来に一筋の光を見出したい、というのが目的でした。人類の偉大な先人から知恵をご拝借すれば何か見えてくるのではないかと考えたのです。早速、レイカンリ神は超特別区と特別区に行ってSUMHTE(神界宇宙問題発見探査衛星)からの報告書を解説し、地球での人類の現状を説明したのですが、いろいろな理由があって同席できないと最初は断られました。しかし、今、人類の最大の危機であることを強く説明して、何とか分かってもらい、承諾を得たのでした。その結果、下記の方々からご出席していただくことになりました。これによって宇宙史上初めての「ビッグ宗教者会談」が実現したのです。

(※Aの超特別区は一般の神々から独立した唯一のところ。独立したそれぞれの神様や仏様が支配しているところです。本来ならば侵すことのできない絶対領域ですが、今回は人類の緊急事態ということで、そこを支配している神様と仏様の許可が出て、今回の会談が実現しました。)

天の国の「第一回緊急ビッグ宗教者会談」のご出席者
主賓・・・マホメット様、キリスト様、釈尊様
        (順不同、超特別区から)
オブザーバー・最澄様、空海様、日蓮様、親鸞様、道元様、良寛様(順不同、特別区から)
※オブザーバーとして特別区におられる上記以外の行基様、一遍上人様、栄西様、一休様、中山ミキ様、法然様、その他多くの日本の高僧の方にお声をかけたのですが、スペースシップ「ギャラクスィトレーン」で宇宙旅行に行っているとのことでした。大変残念ですが、又の機会でお願いしたいと思います。また、超特別区にも多くの方に声をかけたのですが、宇宙旅行とのことで、またの機会にお願いしたいと思います。

会談日・・・・・地球暦西暦2007年8月15日
会談場所・・・・「レイカンリセンター」特別会議室
議長・・・・・・レイカンリ神
通訳・・レイカンリセンタースタッフによる同時通訳

議長・・皆様、きょうはいろいろお忙しいところわざわざご出席していただき誠にありがとうございます。感謝申し上げます。実はきょう、地球の日本という国の終戦記念日であります。今からわずか62年前までは地球ではとんでもないことが起きていたわけです。まあ、これらのことは宇宙ニュースで知らされていましたから詳細は割愛させていただきます。実は今、皆様の故郷である天の川銀河の中の太陽系の地球では、新たなる問題が起きています。それは「テロ問題」です。この問題は、もしかしたら人類が将来、核戦争を起こす初期症状ではないか、という認識が私にはあります。もし、核が拡散してしまった場合、何が起きるか分かりません。ましてや人類は一枚岩ではありません。政情不安が絶え間せん。もし核が拡散してどこかで核爆弾が使われた場合、人類は危機的状況に追い込まれます。人類は「目には目を」、「暴力には暴力を」という行動パターンだからです。このようなことにならないために、この問題の打開策を探るべくこの会談を開きたいと思います。皆様のお考えをご遠慮なく述べていただき、一筋の光を見出せたならば幸いです。ご意見はご自由にご発言してください。最後に、地球にお届けする「共同メッセージ」を皆様の連名で作成していただきたいと思います。それではマホメット様からご意見をお願いします。

マホメット様・・・今、地球でテロが頻繁に起きているという報告を聞いてびっくりしました。私が開いたイスラム教の中で、過激派といわれている一派もテロを実行していると聞いて二重にびっくりしました。私は過激派を誕生させるためにイスラム教を開いたのではありません。人間が幸福になってもらいたいために開いたのです。慈悲ぶかく、慈愛に満ちたアッラーの神より授かった言葉をコーランとして書き上げました。このコーランにはテロの教義はありません。ここではっきりと申し上げておきます。何でそんなことを実行しているのかよく分かりません。コーランは人々に平安と幸福を与えるためと、人間が神様から離れてしまうと、堕落してしまうので、自戒するためにあるのです。争いのためにあるのではありません。このことを分かっていただきたいのです。しかし、私も生前軍事家として正直戦ったときもありました。しかし、天の国へ来てみて初めて分かりました。人間は生前に人を殺してはならないということを。
釈尊様・・・・・・いいところに気付かれましたねぇ。私はマホメット様の言っていることは分かります。慈悲ぶかく、慈愛に満ちた神様が自分たちの目的のために、何の罪もない人々を亡き者にする許可を与えるわけがありません。21世紀になっても人間は争いをしているのです。私はそのことに驚いています。大変残念なことです。私が生きていた時代も争いはありました。しかし、21世紀になっても争いがあるということは、人間は本来、戦争や喧嘩などが好きな生き物かもしれませんねぇ。私が説いた中庸の考え方で生活していけば問題は起きないと思うのですが・・・。なかなかうまくいきません。困った問題です。
キリスト様・・・・私も釈尊様の言っていることは理解できます。私が、人間の罪というものを私の命をもって明らかにし、私の血をもって人類の救いの道を切り開いたのに、人間の心は、ほとんど進歩していないことが分かりました。人間は罪を犯し続けています。世界には平和のために努力している多くの人々がいるのは分かっています。一部の争いを好む者たちや、争いを仕掛ける者たちのために平和が実現できないことは、大変残念です。私がユダヤ教を改革したことによって多くの伝道師が世界へと私の教えを広め、多くの人々に影響を与えた結果、地球全体はいい方向へと行っていると思うのですが、まだまだ問題の種はなくなりません。
日蓮様・・・・・・このような会談にオブザーバーとして呼んでいただき光栄です。釈尊様とお会いでき幸せでございます。まさか、このような場で釈尊様とお会いできるとは夢にも思いませんでした。釈尊様のご苦労のおかげで「南無妙法蓮華経」のお題目を唱え、人々を救う道を切り開くことができました。ただただ感謝です。ありがとうございました。さて、早速ですが、本題に入らせていただきます。テロ問題の報告書を読んで私もびっくりしました。何の罪もない人々が犠牲になっていることを知りました。人間の業がここまでいっているのかと思うと悲しくなります。私が生きていた時代も争いはありました。しかし、明らかにテロとは違ったものです。何の罪もない一般民衆を殺し、意図的に世の中を混乱させるとは。どんな理由があろうとも許されることではありません。余談ではありますが私も天の国にきて時間がありますので「立正安国論」ならぬ「立正世界平和論」を執筆中です。生前に私が書いた「立正安国論」のせいで親鸞様と法然様にはご迷惑をおかけしましたことをこの場をかりて謝りたいとおもいます。日本の各信者同士も仲が悪くなってしまいました。そんなつもりで立正安国論を書いたのではないことだけは親鸞様に分かってもらいたいと思います。
親鸞様・・・・・日蓮様それは分かっています。あまり気にしないほうがいいと思います。人は批判されて成長していくものです。批判を肥やしと思って天の国でまだまだ勉強したいと思います。あなたは信念の人ですので自分の考えを貫いて行動を起こしたことはりっぱです。しかし、そのことで伊豆の国に流されたことは残念なことでした。もう少し時の政権が太っ腹であればそんなことも起きなかったと思います。でも日蓮様、法華経には法華経のよさが、浄土教には浄土教のよさがあります。お互いのそれぞれの良いところを見ていけば争いは起きないと思うのです。あぁ、そうそう、皆様へのご挨拶は後にさせていただきます。
良寛様・・・・・・私ごときのものが世界の三大宗教の開祖様にお会いできるなんて信じられません。この場に呼んでいただき誠にありがとうございます。また、私が所属していた曹洞宗の開祖であられる道元様にお会いできるとは、夢にも思ってみませんでした。今でも信じられません。この会談を企画していただいたレイカンリ神様に感謝いたします。早速ですが、私も日蓮様と同じくテロ問題についてはびっくりしています。全世界の人々が欲をなくし、私が越後の五合庵に住んでいたような質素な生活をすれば、今地球に起きているすべての問題は解決すると思うのですが・・・・・・・。
そう簡単ではないのでしょうねぇ。二句浮かびました
「この世をば 去るとき必に テロを避け」
「罪もなき 人をば殺し 悦にふけ」良寛
空海様・・・・・・仏教の開祖であります、釈尊様とお会いできたことは誠に光栄です。また、キリスト様、マホメット様にもお会いできましたことは奇跡でございます。この場に呼んでいただきましたことを深く感謝申し上げます。私はテロ問題の本質は率直に申し上げて、人間の究極なエゴの発露ではないかと思っております。商売でも自分が作った商品はどこのものより一番だ、最高の品物だ、といって押し売りするのに似ています。テロは自分たちの考え方が一番だ、最高だ、といって押し売りどころか、手段を選ばないで無理やり売りつけようとします。民主主義は、こういう商品(候補者)があって(いて)、こういういいところがある商品(候補者)です。国民(有権者)のみなさま、いろいろなものと比較してよく考えてください、とPRして消費者(有権者)である国民から選択(選挙)によって買って(選んで)もらうのです。商品だけではありません。宗教も商品のように押し売りするようなことは慎まなければなりません。ましてや暴力に訴える方法は今の地球では通用しません。いくら自分たちの宗教が最高だと思っていても、宗教は個人の心の問題です。選択権は個々人にあるのです。そのことを忘れて熱くなると、いろいろと問題が起きてきます。テロを実行している組織はそのさいたるものかもしれません。自分たちの理想社会建設の夢を持つのは自由です。しかし、そのやり方が暴力というのでは全世界のほとんどの人々から支持されないのは当然です。しかし、一部支持している人々がいることも事実です。この問題の根っこは深く、その根底には地球全体の富の配分、すなわち、貧富の差の問題がかかわっているように思います。しかし、そうだからといって何の罪もない一般の人々を殺すことは正当化できない重大な犯罪です。ただの無差別殺人でしかありません。テロ組織は神の名を語って無差別殺人を繰り返す、ただの犯罪組織でしかないといっても過言ではありません。確かに理不尽な問題はいつの世でも存在します。これらの問題は、そう簡単には解決できない難しい人類の問題です。暴力に訴えて解決はできません。暴力はむしろ解決を遠ざけ、人々の心を傷つけるものでしかありません。人類は様々な努力をして忍耐を持って解決しようとがんばっています。しかし、憎しみや怒りを生むテロや、それに対する報復戦争では決して問題解決はできないと思うのです。報復戦争によって何の罪もない人々も巻き添えで殺されているのです。結果的に憎しみや怒りの連鎖が起きてしまうのです。その結果、子々孫々永久に憎しみや怒りの火種は残ります。ここに問題解決の難しさがあるような気がしています。何か特効薬があればいいのですが、なかなか見当たりません。頭の痛い問題です。しかし、一筋の光として人類の心の中に「共存互助」の精神があれば何とかなるような気がしています。しかし、一つ気がかりなことは「戦(いくさ)」というのはどっちが最終的に勝利するかは分からないということです。世界情勢によっては核の拡散も起こるかもしれません。人間の歴史を見ても卑怯と思える戦法で勝利した事例はたくさんあります。「戦(いくさ)」にルールはないのです。近代兵器を多く持っていたとしても勝利する保障もありません。ベトナム戦争がそうでした。あれほどの近代兵器を持っていたアメリカはゲリラ戦法に敗れました。このことを忘れてはいけません。まったく恐ろしい時代に突入したものです。一寸先は闇といっても過言ではありません。相手をあなどれないのです。甘く考えていると世界同時多発テロ以上のとんでもないことが起きる可能性もあります。日本はちょっと平和ボケが蔓延してきたのではないかと危惧しています。こんなときが危ないのです。日本の同盟国のアメリカは戦時下にあることを決して忘れてはいけません。
マホメット様・・・まったくその通りです。確かに気を緩めないことが大切だと思います。昔の戦と今の戦では戦い方が違うのです。今の戦は敵が見えないのです。これほど戦いにくいものはありません。でも「共存互助」とは空海様もなかなかいいところに気付かれましたねぇ。きっとこの場に中山ミキ様がおられれば同じことをおっしゃると思います。私も「共存互助」には賛同します。私は人間の幸福のために、慈悲ぶかく、慈愛に満ちたアッラーの神の言葉を授かりました。しかし、人間の幸福のために明らかにしたこの教えが、人間の歴史の中で逆に人間を不幸にしてしまった出来事もありました。イスラム教国とキリスト教国との聖地エルサレムをめぐる攻防です。約200年の間、ヨーロッパのキリスト教国がイスラム教国に侵攻していった、俗にいわれている「十字軍遠征」です。この戦いにより関係国の人々の心に憎しみや怒りの感情が生まれました。私は憎しみや怒りの心を生むためにコーランを著したのではないのです。人間の幸福のために著したのです。何回も言いますが、このことを分かってほしいのです。残念なことに今地球では憎しみや怒りの連鎖が起きています。本当に心が痛みます。本来、ユダヤ教、イスラム教、キリスト教は兄弟なのです。親は同じなのです。本当は仲良くできる下地は本来あるのです。しかし、民族問題等の複雑な問題や、貧富の問題等がからみ、争いの火種は残っています。
キリスト様・・・・マホメット様、私は、あなたの気持ちはよく分かります。私も宗教が人間の争いの種となるために教えを説いたのではないのです。宗教戦争といわれる争いのほとんどは、時の権力者が勝手に大義名分をかかげ、何かに因縁をつけて、それを口実に戦争を仕掛けてきた一面もあります。今地球で起きているテロや、それに報復している戦いも、この構造によく似ています。人類は過去の多くの戦争から様々な教訓を学んでいるはずなのに何の進歩もしていないように私は見えてしまうのです。こんな考えは私だけでしょうか。
親鸞様・・・・・・いや、いや、キリスト様、みんなそう思っていますよ。さっきは失礼しました。挨拶が遅れました。私は親鸞と申します。きょうはこのような会議に、凡夫である私までオブザーバーとして呼んでいただき誠に光栄です。この場に私の師であります法然様がいらっしゃらないのは残念です。「承元の法難」以来お会いしておりません。しかし、世界的に超有名で偉い方々にお会いでき、感激しています。早速ではありますが、キリスト様、あなた様の言っていることは間違ってはいないと思います。人間はみんな神の前では平等で、同じだということをキリスト様は説いておられますが、私も同じ考えです。ただ私は人間の悪人でも「南無阿弥陀仏」という、たった六文字を唱えれば、すぐに救われる、ということを説いています。このことには異論もある人もおられるかもしれませんが、※罪深い悪人を腹がものものすごく減っている人と例えれば分かりやすいと思うのです。腹がものすごく減っている人(罪深い悪人)が、そこに食べ物(阿弥陀如来に向かって)があってそれを食べたとき(念仏を唱えたとき)、食べ物のありがたみ(阿弥陀如来の救いの慈悲)は腹が減っていないとき(罪のない善人のとき)よりいっそう身にしみてよく分かります。そしてその食べ物の栄養(改心し反省した心)が体にいきわたり元気になる(救われる)のです。すべての人々は「南無阿弥陀仏」を唱えれば、すぐに如来の本願力で救われます。私が最終的にたどり着いた悟りは「人間は人間でしかない」ということなのです。人間は生きているときどうしても自分が神や仏になったような錯覚におちいりやすい生き物なのです。しかし、私は自分というものを愚直なまでにどんどん見つめ直していくと、煩悩に満ち満ちているどうしようもない愚かな己の真の姿が益々分かってきたのです。そしてそれを自覚したとき南無阿弥陀仏を唱えれば、如来がそんな私を哀れんで即座に救ってくださったのです。こんな愚鈍の凡夫で自力ではどうすることもできない私を救ってくださるのは如来の他力による本願力でしかない、ということがはっきりと分かりました。私はこのとき如来との縁の深さを身にしみて分かったのです。このことが分かるまでは、人には言えない死ぬほどの苦悩の連続でした。その結果、今まで抱えていた難問の答えが分かりました。そして人生の目的がはっきりと示されたのです。その喜びは教行信証で著しました。テロを考えている人、実行しようとしている人も「南無阿弥陀仏」を唱えればすぐに救われます。無理かもしれませんが、日本にはこんな救いがあることを分ってもらいたいのです。ただ、人間はなんだかんだといっても、同じ人間を簡単に殺すのです。地球上で、同じ仲間を有史以来、殺し続けている生き物がいますか。こんなことができるのは人間しかおりません。一方で、子犬が道路の小さい穴に落ちて、どうにもならないので、消防隊が出動して「小さい命」を救った、などという、美談ニュースが世界中に報道されたりします。人間は「命」の大切さは一方で分かっていて、他方では人間の命をいとも簡単に抹殺してしまうという矛盾を抱えている生き物なのです。こんなどうしようもないわけの分からない罪がこびりついて汚れきっている(生きている間煩悩を断ち切ることができないという意味)私たち人間を見捨てないで救ってくださるのが如来なのです。私は宗教界の異端児などと言われたときもありました。今も言われているかもしれませんが、私の苦悩を理解してくれる人はなかなかいません。人の苦悩というものは表面には出てこないのです。人の体に「苦悩」という字は浮かび上がりません。むしろ、苦悩があっても、人に悟られないように、人は苦悩がないように装うことに注意を払います。だから人間の心を見極めることは難しいことなのです。人間はそんなものなので、みんな自分のことでアップアップでしょうが、たまには夫婦でも友達でもどちらかが相手の心の内を聞いて、分かってあげることは大切なことです。これは外交や国際問題でも同じです。もし、それでも心を開くことができない方は「南無阿弥陀仏」を唱えてください。そうすれば如来がすべての悩みや問題をお聞きくださり、引き受けてくださるのです。そしてしばらくすると自然と進むべき道なりや、悩みなどの問題の答えを私たちの頭の中に示してくださるのです。こんな悩み多き煩悩具足の凡夫である私たち人間には如来にすべてをお任せし、頼りにして、信じて生きていく道があるのです。「南無阿弥陀仏」とは簡単に説明するならば「無限の智慧と、無限の慈悲の如来様、あなたを信じ、頼りにします」という意味なのです。無理かもしれませんが、全人類がこのような心になればいい方向に向かうと思うのですが・・・。今地球で起きている悲しい出来事は、残念ながら如来の本願ではありません。
注意・・・※の     のところは弊社の解釈です。
道元様・・・・・・このような場所にお招きにあずかり誠にありがとうございます。また、釈尊様にお会いできたことは私にとってこの上ない喜びであります。釈尊様のおかげで仏法を勉強することができ、「正法眼蔵」を著すこともできました。また、人里離れたところに、永平寺を開くこともできました。この永平寺は人里はなれたところに意味があるのです(余談にはなりますが、このことを勉強したい方は本を読んで勉強してください)。このことはひとえに釈尊様のおかげでございます。さて、本題の問題ですが、私はこの問題の真実は、人間の悟りの浅さにあるのではないかと思っております。様々な宗教が人間の勝手な解釈によって理解され、自分たちの都合のいいように考えるのです。キリスト様のお考えに一脈相通じるものがあります。本来の教えにはないことが実行されているのです。そのことについて人間はもっと深く悟らなければならないと思うのです。自爆テロを考えている人は宗教こそ違いますが、永平寺に来て、座禅の修行をしてもらいたいです。修行すればきっと雲の如く、水の如く、自由自在な考え方になり、無心の境地にたどり着けると思うのです。世界平和実現のためには、抵抗はあるかもしれませんが、全世界の宗教間の交流を通してお互いの理解を深めていく、という方法も一つの方法ではないでしょうか。日本人がイスラム教のことをもっともっと理解していく。逆にイスラム教国の人々も仏教やキリスト教などの宗教を、文化交流などを通じて理解していく努力が大切な気がしています。お互いの違った価値観を尊重しあい、認め合うという視点に立っていけば必ず世界平和が実現するのではないでしょうか。お互いに分からないから摩擦が生まれるということもあります。私は提案したい、仮称「世界宗教文化交流センター」みたいなものを国連の中につくり全世界の人々が異文化を理解できるようにするのです。そこへ行ったら日本の雲水のお坊さんもいれば、イスラム教のお坊さんもいれば、キリスト教の牧師さんや、神父さんもいれば、ヒンズー教のお坊さんもいれば、ユダヤ教のお坊さんもいれば、と、地球上のすべての宗教者の指導者がいるのです。そして、いつでも誰でも簡単に世界の宗教文化のセミナーが同時通訳で受けられるのです。世界すべての国々が出資して創りますから受講料はもちろん無料です。なかなか面白いと思いませんか。私たちはお互いを分かろうとしないところに何か壁ができているのではないでしょうか。世界平和のためにはまず理解し合う。私はそう思うのです。
最澄様・・・・・・私のようなものまで、ご招待していただいて感謝申し上げます。世界三大宗教の開祖様にお会いできるとは夢にも思いませんでした。この場をかりてレイカンリ神様にお礼申し上げます。さて、私も今、道元様がご発言になったことに総論賛成です。
確かに人間はあまりにも人のことを理解しようとしません。「一隅を照らす」どころか「一隅を消す」人々があまりにも多いのです。簡単に人を批判したり、悪口を言ったりするのです。これらのことは決してすべて悪いことではありません。しかし、ある程度相手のことを分かってからのものであればいいのですが、何にも理解していないのに盲目的に実行してしまうのです。そして相手を傷つけてしまいます。テロも相手のことを理解していないのに相手を盲目的に抹殺しているように見えてしまうのです。釈尊様を前にしてこんなことを言うのは、おくがましいのですが、この地球上のすべてのものは目的を持って生まれているのです。すべてのものに仏性が宿っているのです。すべてのものは結び合って、お互いに生かし、生かされているのです。だから道元様のご意見はごもっともと思うのです。なかなかいい考えではないでしょうか。
キリスト様・・・・道元様はなかなか奇抜なアイデアを出されますねぇ。なかなかいい考えだ、と思います。
マホメット様・・・うーん。面白い考えだ。そのようなものがあればイスラム教も世界中の方に正しく理解されるに違いありません。今は、どうも一部の人々に何か誤解されているふしがあるように思っています。私も道元様のアイデアに賛成です。
良寛様・・・・・・私も総論賛成です。そんなセンターの中に私の書なども飾っていただければ私の心を少しはご理解していただけると思っています。今、静かに拝聴していましたら、皆様のご意見の中に貧富の差というか、全世界の富の配分の問題がテロの一因ではないか、というご意見がありました。それならば、すべての国々が条約を批准して、おおざっぱではありますが、仮称「国際全人類給料支給センター」的みたいなものを国連の中に作って、ここから地球に住んでいるすべての人々に給料を支払うのです。このセンターは地球の富を一括管理します。地球のすべての富は、いったんこのセンターに入ります。そしてその富の貢献度によって給料が決まるというものです。富の原資がない人々も給料がもらえる仕組みです。細かいことはいろいろありますが、こんな助け合いの仕組みを人類は将来的に作ったらどうでしょうか。この仕組みは富める国々の協力が不可欠です。この富める国々の富の一部を貧しい人々の給料の一部に当てるのです。そうすることによって世界全体の貧しい人々の生活物資購買力を高めれば、世界全体の内需拡大になり、経済は不景気しらず、という一挙両得の現象がおきるかもしれません。このことは富める工業先進国にとっては市場の拡大になり、決して悪い話ではないと思うのですが・・。この機能がうまく循環すれば、テロのようなことも、なくなっていくのではないでしょうか。
地球の皆様に言いたいことは、地球という惑星は一体誰のものなのですか? ということです。それは、この地球に生きている、すべての生き物の物だ、ということです。そして地球の自然の富や、地下資源の富は一体誰のものか、ということです。人間が集団的概念を持ち始めたころ「ここからここまではわれわれの土地だ。」などといって勝手に線引きしただけの話ではないか、ということなのです。そして土地の争奪戦で勝ったものが自分たちの土地として主張して、これまた勝手に線引きしてきたのです。これって「強いもの勝ち」だった、ということですよねぇ。弱い集団は滅ぼされるか、帰属させられてきたのです。このように人間が勝手に線引きしてきた国という概念をなくして、おおざっぱではありますが、すべての国々を仮称「地球連合体」的行政機関で一本化し、地球の五大陸を各州にしてしまうのです。島国はどこかの近い大陸の州に帰属させてしまいます。こんな発想は間違いなくプラスマイナスはあるかもしれませんが、こんな発想も将来できるわけです。こんな発想によって人類の不平等を解消することもできるのです。今は、たまたま、自然の富に恵まれていたとか、地下資源の富に恵まれている条件のよいところに生まれた人は、豊かな生活ができて、たまたま富の原資が何にもない条件の悪いところに生まれた人は貧しく生活しなければなりません。「地球連合体的発想」は地球の条件によって人々の生活が決まってしまうことは少なくともなくなります。人間は生まれる場所を自分で決められません。ここに貧富の差が生まれる一因があります(人間の頭脳の努力で生まれた富はここでは考えません)。繰り返しますが、本来、地球という惑星は一体誰のものですか? それは、この地球に生きている、すべての生き物の物だ。ということなのです。地球の南極は人類が共有している大陸です。月も人類が共有しようとしています。誰のものでもありません。将来、この地球の自然の富と、地下資源の富は人類みんなのものだ、という発想に立脚していけば、仮称「国際全人類給料支給センター」的なことも不可能ではないと思うのです。これは人類の「やる気」にかかっています。そうすればテロを実行するものはきっといなくなると思うのです。
釈尊様・・・・・・良寛様はなかなか面白いことを考えますねぇ。なかなか面白い角度からの発想です。良寛様のアイデアを実行していくためには人間の「自我の改造」が必要でしょう。これは困難を極めますよ。人類がどん底へ落ちないと構築できない新システムでしょうねぇ。しかし、良寛様はいつ経済学を勉強したのですか。私は越後の五合庵で、てっきり書ばかり書いて子供たちと一緒に遊んでいると思っていました。なかなか感心しました。確かに、人類は助け合いの具体的な機関が足りないように思います。この辺のところから問題解決の糸口が見えてくるのではないでしょうか。人類が、ただテロや、それに対しての報復戦争ばかりをしていたのでは何の解決にもなりません。何の罪もない一般市民や兵士の命が失われるだけです。そして、そのことによって莫大な戦費が使われます。そんなことを長くやっていたのでは国家的破産を招く恐れさえあります。何にも生まない戦いのために疲弊してしまいます。ただ、軍需産業の経営者 を喜ばせるだけです。良寛様の考えは、ほとんどの産業の経営者を喜ばせることができて、貧しい人々を救うことのできる、一つのすばらしいアイデアではないでしょうか。そろそろ人類も、具体的な助け合いによる解決策を真剣に考えなければならない時期にきているのです。戦費に回すお金を、人類の救済基金に回せば多くの人々の命が救えます。人類が住んでいる地球は広大な大宇宙から見ればどんな高性能望遠鏡をあてて見ても見えない存在です。そんな、細菌みたいな、小さくて見えない惑星に住んでいるのです。約137億光年先から超高性能望遠鏡で「天の川銀河」を見ると、ほんのわずかなぼんやりとした、小さな、小さな光の点にしか見えません。ましてや、太陽系の地球は見えるはずもありません。そんな小さな惑星に66億人もの人々が住んでいるのです。そんな小さな惑星に住んでいる人間すべては、地球の運命共同体であり、同じ仲間なのだ、という意識をそろそろ持ってもらいたいと思うのです。そして、様々な問題で、小さな枠の中で、ごちゃごちゃと、お互い争うことが、ばかばかしく愚かなことだ、と気付いてもらいたいのです。人類は1969年のアメリカ合衆国のアポロ計画で初めて月へ人間を運ぶことに成功しました。そして人間が月から地球を初めて人間の目で客観的に見ることができたのです。人類もそろそろ自分たちのことを客観的に見て、自分たちの本当の姿を確認するときにきていると思うのです。ですから私は提案したい。すべての地球の中学生くらいの子供たちを順番に大型の宇宙船に乗せて、宇宙から地球を見てもらうのです。そうすれば地球には国境線がないことが分かるはずです。そして人生観や世界観、宗教観に大きな影響を与えると思うのです。これが世界平和実現の一つの方法ではないでしょうか。これは世界中の国々が協力しなければできません。
マホメット様・・・さすがに釈尊様はスケールが大きいですねぇ。確かに争いは経済と心を疲弊させるものでしかありません。人類の歴史を見てもそのことは証明されています。そのことが分かっていても人類は争いをなかなかやめようとはしません。いっそのこと、悪霊党のデビルサターン神が、神界の最新兵器で地球に総攻撃をかければ、人間は目を覚ますかもしれません。悪霊党は第7宇宙でのシェアー拡大のチャンスをこしたんたんと狙っているのですから。地球の人間は宇宙から外敵がやってくるとは考えていないので、一つにまとまらない、という考え方もできます。また、人類は自分たちより力のある存在に気付かない限り、永久に一つにまとまることはない、という見方もできます。
親鸞様・・・・・・マホメット様、そんな恐ろしいことを言わないでください。大変なことになりますよ。悪霊党の戦力は年々拡大しつつあり、現在は地球のすべての国家の軍事力の合計の10万倍の軍事力を持っています。この力で攻撃されたら地球はひとたまりもありません。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・・・。
良寛様・・・・・・今、外敵とおっしゃいましたが、何も人類の敵は宇宙からの外敵ばかりではありません。人類自らが作り出した最大の内敵がいるのです。それは二酸化炭素です。これは人類の欲望によって作り出されているやっかいなものです。地球に住んでいる生物、植物すべての敵だからです。自然ではありませんから大変です。二酸化炭素の温室効果がものすごいということを実証している太陽系の惑星は金星です。二酸化炭素によって熱が宇宙に逃げられないため地表の表面温度は約460度になっています。こんなことが金星では起きているのです。人類もこの二酸化炭素の温室効果が地球にも起きていることに気付いて話し合っていますがまとまりません。アメリカは京都議定書から離脱するし、中国は金儲けの面白さが分かり、この問題は「先進国の責任だ」の一辺倒です。後進国は「やっとわれわれの時代がきた」と意気込んでいるのです。こんな状態では外敵ではなく、人類自ら自滅していくことになります。
最澄様・・・・・・確かに良寛様の言うとおりです。しかし、考え方によっては人類が一つになるチャンスともいえるのではないでしょうか。共通の敵が明確になったからです。いい加減な対応はできなくなったのです。しかし、いくらエコ、エコと言ってもアメリカ、中国、インドが一緒になって協力していかない限り、何をやっても焼け石に水です。今の最優先課題はいかにしてこの三国の協力を取り付けるか、ということではないでしょうか。
日蓮様・・・・・・お話が変な方向へ行っていませんか。少し修正しましょう。先ほど、釈尊様が言われた、「争いは、ばかばかしく愚かなことだ」と人類が気付くときは、すべてを失ってからはじめて気付く、ということもあります。争っているときは、なかなかそのことに気付きません。二酸化炭素の問題も同じようなことになるかもしれません。人類は自分たちの持っている欲望によって首を絞めているのです。困ったものです。しかし、まったく光が見えないわけではないと思うのです。人類は「知恵」を持っています。三人よれば「文殊の知恵」と申します。必ずやエネルギー革命を起こし、この問題を乗り越えていくと思います。なぜならば、この問題を克服しない限り人類の未来はないのですから。また、人類の「憎しみの連鎖」の問題も克服していくに違いありません。というのも世界の四大宗教であるイスラム教、ユダヤ教、キリスト教、仏教は「人を殺してはならない」と教えているからです。必ずや人類は人を殺すことの罪の重さに気付くと思います。人類は「なぜ人を殺してはいけないのか」という答えが分からないのです。その答えは人を殺せば、その殺された人は先に天国にいきます。しかし、殺したほうもいつかは天国へ行くときがきます。そして天国へ行ったとき、先に天国へ行っていた自分の殺した人と会うのです。会ったときその恨みが爆発して袋叩きに合うのです。袋叩きだけですめばいいのですが何がおきるか分かりません。そのことが分かっていないのです。人を殺した人の霊は天国へ行っても休む暇がないのです。あの世に行って不安と恐怖に悩まされるのです。人間はどんなに多くの人を殺してもいざ自分が臨終を迎えたとき「どうか、神様、仏様、天国か極楽へ召さしてください」と祈るのです。「私は人を殺したので地獄へ落としてください」とは祈らないのです。自分ほどかわいいものはないのです。そして身勝手なのです。これが人間の正体の一面です。南無妙法蓮華教、南無妙法蓮華教・・・・。
親鸞様・・・・・・この地球上で人間ほど罪深い生き物はおりません。ひとたび戦争になれば殺し合いです。多くの敵を殺した人が名誉の勲章をもらえるのです。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・・。

議長・・・・・・・「まだまだ、いろいろなご意見があろうかと思いますが、この辺でいったんご意見の発表は終了させていただきます。今まで見えなかった一筋の光がほんのわずかではありますが、見えてきたように思います。いろいろありがとうございました。皆様のご協力でこの会談を成功させることができました。感謝申し上げます。それでは、きょうご出席の皆様全員から故郷の地球の方々に送る、共同メッセージをまとめていただきたいと思います。」

と、レイカンリ神議長が言った、一時間後に共同メッセージが発表されました。それは「地球の皆様へ」という名で発表されました。そしてその内容はすぐにUSITM(宇宙瞬間移動電子メール)で天の川銀河の太陽系の地球の日本の新潟県にいる「まごころ地蔵」のTSUP(超高性能宇宙神界パソコン)に送信されました。
この「共同メッセージ」の取扱いは「まごころ地蔵」に一任されたのです。

第一回天の国の「緊急ビッグ宗教者会談」の
        共同メッセージ

地球の皆様へ

天の国にいる私たち宗教者は、今地球で起きている様々なテロや、それに対する報復戦争、局地的紛争等の争いに心を痛めております。天の国では、それらの犠牲になられた数多くの、何の罪もない子供、女性、男性の方、兵士の方の霊が毎日のように運び込まれています。そして自爆テロを実行した人の霊も運び込まれています。この人達は天の国に来て、自分たちが殺した人々がいるのが分かって、もがき苦しんでいます。このことはテロを指導している者の考え方に、理論的矛盾、欠陥があることを意味しているものと思われます。私たちが明らかにした慈悲ぶかく、慈愛に満ちた神様、仏様は人間の幸福を日夜考えているのに、テロの指導者たちは、貧しい若者等を、私たちが明らかにした神の一つの名のもとに、聖戦などと称して教育し、自爆テロ犯に育て上げ、何の罪もない人々を抹殺しています。そして、それを実行すれば天国に行けると教えています。自分たちが殺した人々も天国にいることを教えないのです。そして慈悲ぶかく、慈愛に満ちた神様は、何の罪もない人々を、亡き者にしてまで、目的達成を望んでいない、ということも教えないのです。そこに理論的矛盾、欠陥があると思われます。天国はそんなに甘いところではないのです(以前、こんな歌がはやりました。なぁーおまえー、天国ちゅうーところは、そんなに甘いもんにぁーおまへんにぁー、もっとまじめにやれー)。確かに地球には理不尽な問題がたくさんあります。それは今に始まったことではありません。私たちの時代でもありました。そんな問題を何の罪もない人々を殺して、世界を混乱させて解決しようなどと思っているのは、本末転倒の考え方です。私たちが明らかにした慈悲ぶかく、慈愛に満ちた神様、仏様はそのようなやり方は心から望んでいません。テロの指導者たちに言いたい。もうそんなやり方は即刻やめて下さい。別な方法を模索して下さい、と。あなたたちも今は元気に生きていると思いますが、いつかはこの世を去らなければならないときが必ずやってきます。あなたたちは信仰心の厚い人達ですから、そのとき臨終にあたって「どうか神様、天国へ召さしてください。」と、きっとお祈りすると思われます。しかし、あなたたちの霊を待ち受けているのは、先に天国へ行っている、あなたたちが殺した多くの何の罪もない人々の霊の憎しみと怒りです。天国へ行って、その人々の霊に、袋叩きにあうことは必至です。袋叩きですめばいいのですが、何がおきるか分かりません。そんな、死んでから天国で苦しまなければならないことが分かっているのですから、今、何の罪もない人々を殺すことはやめて下さい。あなたたちの霊は天国へ行っても休まりません。それがあなたたちへのメッセージです。信仰心が厚いあなたたちですから、きっとこのことは理解してもらえると確信しております。人を殺して天国へ行っても、いいことはありません。むしろ苦しみが待っています。だから、生前、人を殺さないで生きていってください。
 また、テロに対する報復戦争を仕掛けている人達に申し上げたい。確かに、報復したい気持ちは分かります。地球暦西暦2001年9月11日ニューヨークの世界貿易センタービル等に航空機によるテロで約3000人の方が犠牲になりました。とんでもないことがおきました。俗に言う「アメリカ同時多発テロ」です。世界の人々に激しい衝撃を与えました。このニュースは天の国にいる私たちにも宇宙ニュースとして伝えられました。亡くなられた方に心からご冥福をお祈り申し上げます。テロの極み、とも言うべき事件が起きてしまいました。私たちはこのとき、報復戦争が必ず起きると予期していました。そして現に、起きてしまいました。そして、そのことによって、何の罪もない人々が、テロによって殺された人々より、はるかに多く巻き添えになり、殺されてしまいました。この巻き添えになって亡くなられた方々や、兵士の方々に対して心からご冥福をお祈りいたします。事態は最悪の方向へと向かっているのです。今、解決の見通しはまったく立っていません。このことはテロを仕掛けた指導者たちは最初から計算済みだったのではないかと推定されます。世界を混乱におとしめることが彼らの目的だからだと思うからです。これにアメリカ合衆国を中心とした国々が、彼らの思う壺にはまってしまった、とも考えられます。現に今、世界は混乱しているのですから。このようなことをされて黙っていられないのは分かります。しかし、別な方法があったのではないかとも考えられるのです。そんなことを、今言っても間に合いません。解決策は暗黒の中にあります。しかし、この報復戦争の中心国の指導者たちは、私たちが明らかにした神様の一つを信仰しています。中には聖書(バイブル)に手を当てて、大統領宣誓式を行う国もあります。この中心国の信仰心の厚い指導者たちも、必ずあの世に行くときがやってきます。臨終を迎えたとき「どうか神様、天国へ召さしてください。」とお祈りすると思います。しかし、天の国では先に報復戦争によって巻き添えになって亡くなられた何万の霊が行っているのです。天の国へ行って、これまた、袋叩きにあうのは必至であります。袋叩きにあうだけですめばいいのですが、何がおきるか分かりません。先に行っている何の罪もない人々の霊の憎しみと怒りに触れて、逆に報復の仕打ちが待っています。天の国へいっても苦しまなければなりません。霊が休まることはありません。こんなことが分かっているのですから、そろそろ、何らかの別な解決方法を具体的に模索していったほうがいいのではないでしょうか。信仰心の厚い指導者たちは、このことを理解できると確信しています。人を殺して天国へ行ってもいいことはありません。苦しみが待っているだけです。だから、生前、人を殺さないで下さい。
 今の地球上の争いのほとんどは信仰心の厚い者どうしが争っています。私たちは争いをすることのために慈悲ぶかく、慈愛に満ちた神様、仏様を明らかにしたのではありません。しかし、残念なことに、そこに共通しているのは「信仰」です。しかし、「逆もまた真なり」と申します。この共通の「信仰」というものが、お互いの争いにブレーキをかけて、解決策を探しあうということもできるはずです。そんなことを、争っている地球の指導者諸氏にメッセージとして伝えたいと思います。最も重要なことは、憎しみや怒りの連鎖は、何もこの世のことだけではないのです。あの世の天国にも引きずって行く問題だ、ということです。争っている信仰心のある地球の指導者たちは、そのことに気付いてもらいたいのです。そして、暴力による争いが、ただ、お互いの心に深い憎しみと大きな怒りのみの心を増殖させていくだけだ。と気付いてほしいのです。
 そして人類がお互いに助け合う方法と、お互いの宗教文化を理解し合える具体的な方法を、今こそ真剣に考えてもらいたいものです。
以上
※ 皆さん、私たちはどうすることもできない問題や解決不可能と思っている問題が現実にはあります。そのような問題を抱えているときは、常識的な考え方は捨てて、角度を変えて、非常識的な考え方で考察してみることも、一つの突破口になる場合があります。そしてその結果、何か一筋の光が見えてくる場合もあるのです。          



 



名称:

メルシーちゃん MERCYCHAN®

意味:

「ありがとう」の意味をもつ愛称キャラクターとしました。
(大切なものを忘れない為の一つの手段として意味を持たせました)
単純な形ではありますが、この中にあらゆる民族、あらゆる宗教を超えて人類が共通に持っている「愛」と「笑顔」と「感謝の心」をだれでも分かるように表現しました。
「愛」と「笑顔」と「感謝の心」は人間と人間の間にある目には見えない「心の壁」を打破していくパワーなのです。

目的:


1)このような厳しい時代にあって、メルシーちゃんをつかったGFIT法で優しさをよびさまし、楽しく、明るく、健康的に笑顔あふれる毎日を過ごすことです。

 
2)人と人とのコミュニケーションを積極的に推進する。


3)日本人が忘れてしまった心の原点(真心、感謝の心)に立ち返り、
 現在閉塞感をいだいている人の現状打開の一つのきっかけとなれば幸いです。


補足:

(1)
メルシーちゃんの主張
 複雑多忙な現代社会において様々な苦労や困難を乗り切る(又は克服する)為には、人間が本来持っている「真心や愛」、「日常の笑顔」、「感謝の心(ありがたみを感じることを含む)」というものが、精神的に大きな力となります。そのことに気付いてもらいたいのです。そしてより豊かな人生を創造して、幸福な一生を送ってもらいたいのです。私たちは問題解決のために、物事を複雑に考えようとする傾向があります。
 複雑に考えれば考えるほど答えを見いだせないのが常です。しかし、古典的な心持ちの中に、私達現代人が見失ってきた大切なものがあるのではないでしょうか。そしてそれが、私達の未来をも明るくしてくれる「希望の光」となることにも気付いてもらいたいのです。
   
   
(2)
日本は戦後、物質的豊かさをひたすら求め、その結果、物質的には豊かになりました。しかしその反動として人と人との「こころの潤滑油」が切れてしまったのではないかと思われます。機械やエンジンは潤滑油が切れると壊れてしまいます。私たちの社会や人間も「こころの潤滑油」が切れると壊れるのです。今の日本で起きている考えられない様々な事件等は、この「こころの潤滑油」がきれてしまったことの結果かもしれないのです。そんな社会の中で、メルシーちゃんは人間が本来持っているすばらしい「こころの潤滑油」の中の一つとして考えたものです。良い感情は「こころの潤滑油」を作りだすことができるのです。
   
 
(3)
 愛と笑顔と感謝の心は人間が共通に持っているすばらしいものです。人間はこんなすばらしいものをもっているのです。愛の反対は憎しみです。 笑顔の反対は怒り顔です。感謝の反対は不平不満です。これらは、人間にとって良い感情を生みません。しかし、愛と笑顔と感謝の心は人間にとって良い感情を生みます。愛と笑顔と感謝の心からすべてが生まれます。そして前向きで明るく建設的な精神も生まれます。その反対の憎しみ、怒り顔、不平不満からは何も生まれません。生まれないどころか、それらは反対に破壊をもたらします。
 良い感情を生むということが、人間にとって幸福感につながっていきます。良い感情が支配するところに争いはおきません。人間は良い感情をお互いに引き出す又は作り出す努力をすることによって平和を作り出すことができます。人間は良い感情を引き出す又は作り出す努力が大切なことに気づく事がもっとも重要です。人間が抱えているあらゆる問題を解決するための第一歩は良い感情を引き出す又は作り出す努力を意識して実行することです。
 なぜならば良い感情を引き出す又は作り出す努力が世界平和を作り出すことのできる一つの方法だからです。
 人間は感情と理性を併せ持っています。感情と理性のバランスが取れた人間が理想です。しかし現実は感情が大きく支配しています。この大きく支配している感情に人間はもっと注目しなければならないと思います。
 今日からあなたの周りにいる人たちに良い感情の種を蒔く努力を意識して実行しましょう。その種はほんの少しでいいのです。


愛のパワー
笑顔のパワー
感謝のパワー
GFIT法で
心のビタミン
心の太陽
「愛のパワー」「笑顔のパワー」「感謝のパワー」
ll
人間力

※「愛のパワー」「笑顔のパワー」「感謝のパワー」の総合力をここでは人間力としました。

人生上のあらゆる困難な問題を人間力を復活・向上させて解決していきましょう。
必ず道は開けてきます。具体的な方法はGFIT法で。
 
メルシーちゃんは単なるキャラクターではありません

メルシーちゃん=人間力(HumanPower)=心の太陽です。


メルシーちゃんは多忙な現代人が忘れがちな大切なものを発信しています。

※今の日本はこの人間力が低下していると思うのですが
みなさんはどのように感じておられますか。

◎今の日本、「心に太陽」が必要なのです!!


◎メルシーちゃんステッ カー・シールをご希望の方はここから入れます
◎メルシーちゃん人生訓「希望の光®」をご希望の方はここから

        ◎メルシーちゃん人生訓「希望の光®」ご注文はここから

メルシーちゃん・GFIT法の考案者及び本ホームページ制作・著作者
  
住所:〒325-0011 栃木県那須塩原市寺子917番地 児玉春信
(平成17年1月1日に黒磯市は那須塩原市になりました)
  
※MERCYCHANプロモーション鰍燗ッ住所です。
 

MERCYCHANプロモーション鰍ヘメルシーちゃんに関する知的財産の管理会社です。
メルシーちゃん、 GFIT法の普及を通して
一人一人に気持ちのいい人生と悔いのない人生を生きるためのお手伝いをする会社です。
  
※MERCYCHANプロモーション株式会社は新しい「心の産業」のベンチャー企業です。
 
 
 
TEL(0287)64-1258 FAX(0287)64-1284 担当 児玉春信
 
  
弊社の目標

地球上のすべての民族、すべての宗教を超えて、人類が共通に持っている「愛」と「笑顔」と「感謝の心」を表現したメッセージキャラクター「メルシーちゃん」が「前向きに生きるための新しいスタイル」を提案し、人類の抱えている問題の閉塞感を少しでも打開する、かすかな一つの「希望の光」となり、平和な世界を築くことに少しでも協力することです。

弊社のモットー ・・・
絶望や閉塞感を打破し、希望を創造する


グッドフィーリングイメージトレーニング®法はその他多くのメリットがあります。この方法がみなさまのインナーライフに少しでもお役に立てれば幸いです。

個人情報の取り扱いについて

MERCYCHANプロモーション株式会社(以下弊社という)は個人情報の安全管理を厳守することを社会的責任であると認識し、個人のプライバシー保護を最優先的事項と位置づけています。この基本理念に基づき、以下の個人情報保護方針を定め管理に努めます。

企業様からの「ご紹介サービス」お申し込みの方で下記の方針に同意される方は下記の[ 同意する ]をクリックして下さい。同意できない方はお申し込みできません。もし、ご同意されて一番最後に送信ボタンを押しても料金は一切発生しません(無料)。


企業様からの「ご紹介サービス」専用のボタンです。


([ 同意する ]をクリックして次ページを見ることは何も問題ありません )

個人情報保護方針

  1. 弊社は個人情報に関する諸法令を遵守します。
  2. 弊社は個人情報を、ご本人の同意なく無断で収集することはありません。ただし、お客様からのご紹介者等の情報は、ご本人の同意を得たものとみなさせていただきます。
  3. 弊社は個人情報に関する適切な安全対策を講じます。
  4. 弊社は個人情報の収集にあたり、メルシーちゃん普及事業以外には利用いたしません。
  5. 弊社は第三者に個人情報を提供することはありません。ただし、人の生命、身体又は財産の保護のために司法又は行政機関等から、法令に基づき、開示又は提出を命じられた場合と、弊社の「メルシーちゃん普及事業」の協力企業等が明らかにお客様にとって価値ある情報をお知らせするときは、この限りではありません。あらかじめご了承下さい。
  6. この「個人情報の取り扱いについて」は弊社の事業活動の変化、サービス内容の変更、関係諸法令改廃などに伴い、内容を変更する場合があります。あらかじめご了承ください。尚、変更等の情報はこの項目内でお知らせいたします。
弊社は個人情報保護の重要性にからみ、弊社の「メルシーちゃん普及事業」の協力企業等から個人情報保護に関する管理,徹底の「誓約書」を提出してもらっております。 
以上






上記方針に対するご不明点、お問い合わせは弊社へEメール又は封書でご連絡ください。


児玉春信のプロフィールと、簡単な体験談など

  • 1953年(昭和28年)新潟県西蒲原郡(現新潟市)四ツ合村大字五之上に生まれる(四ツ合村は1955年潟東村となる)。
  • 1966年(昭和41年)潟東村立西小学校北校舎(分校)卒業。
  • 1969年(昭和44年)潟東村立潟東中学校卒業。
  • 1971年(昭和46年)剣道三段取得。
  • 1972年(昭和47年)新潟県立新潟商業高校卒業。
  • 1974年(昭和49年)新潟県青年連合団青年の船に参加。
  • 1975年(昭和50年)第7回新潟市美術展の油絵部門において、初めて描いた作品で、美術協会会長賞受賞。
  • 1979年(昭和54年)新潟大学商業短気大学部(夜間)卒業。その後、栃木県に移り住む。
  • 1989年(平成2年)1月の真冬の夜、高速道路の東北自動車道で軽自動車を運転中に大型トラック(鮮魚運搬車)に突然追突され(軽自動車は大破)、車内から運転席の窓ガラスを頭から突き破り(頭のてっぺんにガラスが無数に突き刺さっていたので分かる)、道路上に吹っ飛ばされました。惨状はご想像にお任せします。このとき、真っ暗な世界を何の痛みや苦痛も感じることなく、ただ上に昇って行く「昇天」というものを経験しました。しかし、奇跡的に一命を取り留め、九死に一生を得ました。頭から道路上に落ちたのではなく、顔を下にスライディングしていったのです。幸運は重なるもので、道路上に飛ばされたのですが、体の停止位置に車は来なかったのです。後遺症としては顔に少し傷が残った程度で済みました。目はつぶれることなく残りました。いったいシートベルトはどうなっていたのか? こんな疑問をあなたは持たれたことと思います。小生は高速道路では100パーセントその頃やっていました。その日は一般道ではしていなかったので、料金所の手前でシートベルトをわざわざしました。しかし、その日に限って料金所を通過したあと「きょうはどうも変な日だなぁ、と感じて、少し気持ちが悪くなりシートベルトをわざわざはずしたのです。ですから事故のときはしていなかったのです。これを「虫の知らせ」というのでしょうか。このことが衝突の衝撃を分散させたようです。どれくらいの衝撃だったかというと、車が半分に圧縮したほどの衝撃です。そして車はガードレールにも衝突しました。高速警察隊の話では、もし、シートベルトをしていたら間違いなく首の骨が折れて即死していたという話でした。こんな事故で生きている人間を見たのは初めてだ、とも言われました。なぜ即死かというと、すべての瞬間的な衝突エネルギーが自由に動く首に集中するのだからだそうです。それを聞いたときはなんともいえない気持ちになってしまいました。信じられないかもしれませんがこれは真実です。もしそのとき即死していれば、きっと今頃は地獄の閻魔大王によって、生前の悪行の罰として針のむしろに座らせられたり、煮えたぎった血の釜の中に入れられたりの極刑に処せられて徹底的に苦しめられているに違いありません。この事故は偶然だったのでしょうか。ただ単に運がよかったのでしょうか。それとも天の仕業だったのでしょうか。あなたはどっちだと思いますか。小生は皆さんに笑われるかもしれませんが、何年も考えて最終的に「天の仕業」と結論付けました。小生はいったん昇天して、またこの世に帰ってきてしまったのです。あなたはこんな体験をしたとき、どんな考え方を選択しますか。

「メルシーちゃん」が誕生した経緯

  • 小生は1972年に高校を卒業後、地元の民間会社に就職するも、一身上の都合により4年後にその会社を辞めました。それからいろいろな仕事を経験し、新事業にチャレンジするも失敗。それに加えて、家族の問題で心配事や悩み事も加わり、孤立感と、絶望感の淵に追いやられました。そんな苦しい状況の中でいろいろな葛藤がありましたが、最終的に見えてきたのが本当の「愛」と、本当の「笑顔」と、本当の「感謝の心」がない己れだったのです。逆境のときに、そんな己を発見したとき、変な考えは消え、ふと我に返ることができたのです。そんな最悪の状況の中で見えてきたものがこの3点だったのです。それを誰でも簡単に分かるように表現したものが「メルシーちゃん」です。この「メルシーちゃん」を心の中に毎日イメージしているうちに段々と元気が出てきて明るくなっていく己を発見しました。後でそれが脳内のミラー細胞の仕業だと分かったのです。なぜ小生が孤立感と絶望感の淵に立たされてしまったのか、ということを考えた結果、簡単に言うならばそれは人生という「欲望の荒海」を羅針盤もなく航行した結果だったということにも気付いたのです。さまざまな宗教書や哲学書等の多くの先人達の書物を片っぱしから読みあさり、猛省した結果その結論に達しました。「メルシーちゃん」と「GFIT法」は小生の反面教師から生まれたものなのです。人間は欲望の生き物です。しかし、本来持っている人間性(神性または仏性の魂)を失うと、どんどんと奈落の底へ堕ちていくということが分かりました。今起きている様々な事件なども、欲望の果ての結果ではないのか、という気がしてなりません。お釈迦様は人間の心の中にある仏性を「泥(欲望)の中に咲く蓮の花」にたとえて我々に分かりやすく教えられました。小生は仏性とまでは言いませんが、人間が本来持っている人間性(神性または仏性の魂)の一つの心の華を「メルシーちゃん」という誰でも簡単に分かるキャラクターで表現してみました。きょうからあなたも人生という「欲望の荒海」を「メルシーちゃん」という一つの羅針盤を持って航行していきませんか。また、「メルシーちゃん」は「心の酵母菌」として位置づけています。あなたの心をこの酵母菌で発酵させて味のある人間に生まれ変わりましょう。

  • 小生の座右の銘・・・「最後は自分に勝て、敵は己の心の中にあり
  • 好きな言葉・・・「失敗は最高の先生也」
  • 意味・・失敗は誰もがしたくないが、実はその失敗が今まで気付かなかった多くのことを教えてくれる最高の先生という意味。

今、何かで悩んで苦悩している方へ少しでも参考になれば

悩んで苦しんでいることを悲観することはありません。きっと、あなたの心の中に、新しい何かが生まれる(考え方含む)生みの苦しみを天が与えている、というふうに考えてみてはどうでしょうか。だから短気をだして自殺しないでください。悩みや、心配ごとは、高じてしまうと眠れなくなり、神経が参ってしまったり、体の具合が悪くなったりします。そんなときは、医者へ行き、診察してもらって薬を処方してもらいましょう。眠れなくなったりしての「疲れ」が最大の敵です。悩みなどによって、自分が瓦解(崩壊)しないように先手、先手と手を打っていくことが大切です。そうすることによって、時間がかかるかもしれませんが、解決につながる糸口にたどり着くことができるのです。小生の経験から、今こんな一言を助言できます。私たちは体が弱り、肉体の病気になれば少しでも元気がでるように点滴などで栄養を補給します。心が弱ったら「言葉」という心の糧(食べ物)から心の栄養を補給しなければなりません。特に日本は小さいときから宗教的環境がほとんどないため、悩みなどで心が弱ったときの周りからのサポートはほとんどありません。そのことが一因となって孤立感や絶望感を招いてしまう、ということも言えるのではないでしょうか。インターネットで心の糧と検索すれば参考になるところがいっぱい出てきます。大いに利用しましょう。
創作読物のNo18-A「まごころ地蔵」の出張サービスをご参照していただければ幸いです。

悩みなどの人生上のマイナスのことを克服していくためには「なにくそ!! こんなことに負けてたまるか!!」という根性も必要です。この根性は誰でも持っていますが、中には心の奥底に眠っている人もいると思うのです。そうした場合、呼び覚ます必要があります。その方法の一つとして「なにくそ!!こんなことに負けてたまるか!!」という言葉を声に出して、何回も自分に言い聞かせるのです。そうすることによって脳内のミラー細胞がその言葉をキャッチしてくれます。そうすれば段々とその気になっていくのです。


トップページへ ⇒このページのトップページへ


Copyright ©Harunobu Kodama & MERCYCHAN promotion co,Ltd all right reserved. All right reserved.