しおばらおんせんをしゅっぱつし、とちゅうで「そんだべぇーむすめのおりゅうさん」らとわかれた、しゅぎょうそうの、せいしんは、にっこうへとむかっていました。かいどうのとちゅうのむらむらでは、あいかわらずこどもたちが、せいしんにむかって「このこじきぼうず、あっちへいけ!! あっちへいけ!!・・・・」といっては、いしをなげつけて、ばかにしていました。そんなこどもたちに、せいしんは「ひとを、みためでばかにすると、てんばつがくだるぞ!!」と、どなっていました。それをきいたこどもたちは「うちのかあちゃんが、よのなかでいちばんだいじなのはおかねだ、といっていた。かねをもっているにんげんが、いちばんえらいんだ!! てんばつもくそもねぇ!!」といいかえしてきたのです。せいしんはそれをきいて「よのなかもおわりか!!」とこころのなかでおもいました。そしてすぐに、こどもたちに「このばかやろう!! おかねは、つきとおなじだぞ。みちたりかけたりするぞ。しかし、そうはいっても、かねもたいせつだが、まずにんげんは、つきよりたいようにならなければならないのだ。だいやもんどだましいをもたなければならないんだ。うちへかえったらかあちゃんにそういっておけ!! わかったか!! そしてなぁ、おまえたちがやっていることは、すべて、てんがきろくしているのだぞ。てんを、ばかにするんじゃねぇ!!」といいきかせていました。そんなことをいっているあいだに、あたりは、すこしくらくなってきました。せいしんは、にっこうのおんせんやど、へといそぎました。
にっこうについたせいしんは「さて、どこの、やどやにとまろうかなぁ?」とおもって、あたりをきょろきょろとみまわしていたら、とつぜんおおきなこえがしてきました。「おれが、こんなにんげになったのは、とうちゃんと、かあちゃんのせいだ!! ふたりとも、しんじまえー!!」というおおきなこえが、せいしんのみみにはいりました。せいしんは、ただごとではないとおもい、そのこえのするほうへといってみました。そこは「いろはや」という、おんせんやどでした。そしておそるおそる「こんばんわ、なにかあったのですか?」といって、そのやどのげんかんに、はいっていきました。すると、そのおんせんやどのしゅじんがでてきて「いらっしゃいませ。ようこそおいでくださいました。おーい、おきくや、おきゃくさまだぞ。あしをあらってやっておくれ」といいました。すぐにそのしゅじんのにょうぼうの、おきくがきて、せいしんのあしを、あらいはじめました。せいしんは「まだ、ここにとまるかどうかきめていませんでしたが、きょうは、おせわになることに、いま、きめました。ところでさっきおおきなこえがしたのですが、なにかあったのですか?」とおきくにいいました。おきくは「おぼうさんだからおはなししますが、じつは、ひとりむすこのじんごろうがおりまして、そのむすこが、おおきなこえをだしたのです。いつもきんじょに、めいわくをかけています。どうしようもないひきこもりむすこにそだってしまいました。しょうじきいって、てをやいています」と、あしをあらいながらせいしんにかたりかけました。するとせいしんは「くわしいことは、わかりませんが、ふつうではなさそうですね。もしよろしかったら、ゆうはんをたべたあとに、くわしいことを、きかせてくれませんか。こんなこじきぼうずですが、もしかしたら、ちからになれるかもしれません」と、おきくにつげました。それをきいていたおきくは「そういっていただいても、はじめておあいしたかたに、そんなことはむりです。それにうちのことですから。でもいちおう、しゅじんにそうだんしてみます」といいました。それでせいしんは「わかりました」といって、じぶんのとまるへやへと、おきくにあんないされていきました。
おんせんにゆっくりはいって、ゆうはんも、たべおえてよこになってやすんでいると、そこのしゅじんと、おきくが、せいしんのへやへ、やってきたのでした。しゅじんが「おやすみのところまことにきょうしゅくです。わたしは、ここのしゅじんの、じんすけ、ともうします。これは、わたしのにょうぼうの、おきくともうします。おきくからそうだんをうけまして、あなたさまに、いろいろとそうだんしてみようということになりましたので、おたずねしました」と、せいしんにいってきたのです。それをきいたせいしんは「そうですか。こんなわしでもよければ、おちからになれるかもしれません。それにしても、じんすけどの、にっこうもいいところですね。いろはざか、からのけしきは、すばらしいというではないですか。けごんのたき、というじつにすばらしいたきもあるし、おんせんもいいし、にんじょうもあり、りょうりもうまい。おんなのひともきれいだ。いうことなしですねぇ。ところで、わしもさいしょびっくりしてしまったよ。いきなり、しんじまえー、だからな。まぁ、それでえんがあったわけなんだが。いったいどうしたというのですか?」と、じんすけにはなしました。じんすけは「そのまえに、おきゃくさんは、たびをしながら、しゅぎょうしているおぼうさんですか?」といってきたのです。それをきいたせいしんは「すまん、すまん。じこしょうかいがおくれました。そうです、わしは、ぜんこくをたびしながら、しゅぎょうしている、しゅぎょうそうの、せいしんともうします。よのなかもあれてしまいまして、なんでも、かね、かね、かねのよのなかになりましてねぇ。とちゅうで、あうこどもたちでさえ、かねのことをいっています。それにくわえて、やたらと、じさつしてしまうにんげんもふえましてねぇ。こんなよのなかを、このめでみてみたくなりまして、たびをしているものです。きているものは、きたないですが、かんべんしてください。かねがないもので、あたらしいものをかうことができないのです。まぁ、こんなものですが、えんがあったとおもって、なんでもはなしてください」といいました。それをきいていたじんすけは「そうだったのですか。わかりました。それではくわしいことを、にょうぼうのおきくのほうからはなしてもらいます。おきく、せいしんさんにむすこのじんごろうのことを、くわしくおはなししておくれ」と、おきくにいいました。それをきいていたおきくは「はい。わかりました。じつは、わたしのいえは5にんのおとこのこどもがいたのですが、4にんが、ちいさいときにしんでしまったのです。むすこのじんごろうは、すえっこです。そのためにだいじに、だいじにそだてました。そしてあととりは、じんごろうなので18さいのときに、なすの、なすおんせんのおおきなおんせんやどに、いたまえとしてしゅぎょうにだしたのです。ところが、はんとしもしないうちに、なにがあったのか、わかりませんが、とつぜんうちにかえってきたのです。なんとか、いちにんまえになってもらいたいとおもっていたものですから、びっくりしてしまいました。くわしいことは、なにひとつはなさないのです。それいらい、うちにひきこもって、ただじぶんのへやにいます。ときどきおきてきては「こんなおれになったのは、とうちゃんと、かあちゃんのせいだ。ふたりともしんじまえー!!」と、どなるのです。しゅじんと、わたしをせめるのです。そして、ときどきあばれます。へやのなかは、しっちゃかめっちゃかです。ときどきわたしがそうじをしています。ひとりでできないのです。おおきなこえをだすものですから、せけんさまにもうしわけなくて。ほんとうにこまっています。なにかいいちえは、ございませんでしょうか?」とせいしんにはなしました。それをきいていたせいしんは「そうですか。それはごしんぱいですね。さいきん、じんごろうさんのようなわかものがおおいのです。わかものだけでなく、30だいから50だいにかけても、そんなひとがふえています。ぜんこくをたびしているので、そんなじょうほうもはいっています。こまったもんだいです。ところで、いままで、じんごろうさんは、なにかもんだいをおこしましたか?」とじんすけにはなしかけました。それをきいていたじんすけは「いたまえにしゅぎょうにいくまえに、やたらとおみせから、なにかをかってきては、おみせにかねをはらわないことがありました。そのたびにわたしがみせにあやまりにいっておかねをはらっていました。そんなことがありました」それをきいていたせいしんは「うーん。そんなことがあったのですか。ところでこどものときに、なにかもんだいをおこしませんでしたか?」と、またもやじんすけにききました。するとじんすけは「てらこやに、よみかきをならわせているとき、よくわすれものをしたので、うちのおきくが、すこしはなれている、てらこやまで、そのわすれものをとどけにいっていました」といいました。せいしんはすぐに「うーん。そうですか。そんなことをしていたのですか」と、ひとこといったきりだまってしまいました。しばらくちんもくがつづきました。そしてとつぜんせいしんが「ふたりにかくにんしたいのですが、こどものころふたりでじんごろうさんをかわいがりましたね」といったのです。それをきいていたじんすけは「はい。4にんもしんだものですから、それは、それはかわいがりました。なんでものぞむものはあたえました」とせいしんにこたえました。それをきいていたせいしんは「まぁ、このひきこもりというのは、なかなかむずかしいもんだいなのです。たんじゅんにかんがえられないもんだいなのです。しかし、いま、おはなしをきいて、じんごろうさんのばあいは、どうもおやのそだてかたにもんだいがあったようにおもえてならないのです。じんごろうさんの、じりつしんと、せきにんかんを、ことごとくつぶしてきたのではないかと。こどもがかわいいのはわかります。かわいがらないとだめなこともわかります。しょくぶつは、こやしをやりすぎるとだめになってしまいます。にんげんも、しょくぶつとおなじで、あいじょうというこやしをやりすぎるとそだたないのです。じりつしんや、せきにんかんがそだたないということです。それが、うちゅうのほうそくというものなのです。すこしきびしいかんきょうのほうが、しょくぶつは、じぶんのちからでえいようをきゅうしゅうしようと、がんばるのです。そのけっか、しっかりとした``ね``になり、じょうぶなしょくぶつにそだつのです。にんげんのこころも、そういうものなのです。ゆきのおおい、きたぐにのきは、ざいしつがしっかりしています。それはきびしいふうせつにたえたけっか、そうなるのです。ぎゃくに、みなみのきはそのぎゃくです」といいました。それをきいていたおきくは「それでは、どうすればじんごろうは、いちにんまえになることができるのでしょうか?」とせいしんにしつもんしてきました。せいしんは、しばらくかんがえて「うーん。きょうはここまでにして、ひとばんかんがえさせてください。あす、どうするかおはなしします」と、ふたりにつげました。それをきいていたじんすけは「わかりました。よろしくおねがいします」と、せいしんにいいました。そしてふたりは、せいしんのへやからでていきました。
じぶんたちのへやにもどったおきくは、じんすけに「なんだか、あのおぼうさんだいじょうぶかしら。すがたかたちをみたら、そんなぎもんがわいてきたわ。あんな、どこのうまのほねかわからない、おぼうさんに、たいせつなひとりむすこのことをまかせて、ほんとうにだいじょうぶなのか、しんぱいになってきました」といいました。それをきいたじんすけは「ことばにきをつけなさい。ひとはみためではありません。はなしをきいていたのですが、まっとうなおはなしだとおもいました。まちがってはいないようにおもいます。ほんとうは、わたしたちがまちがっていたのかもしれません。ここはせいしんさんにおまかせするしかみちがないようだ。せいしんさんをしんじるのです」と、おきくにいいきかせました。それをきいていたおきくは「そうですね。あとはほうほうがうかびませんものね」といいました。そしてふたりは、あしたの、あさごはんのじゅんびをして、ふろにはいり、ねました。
せいしんはひとりなやんでいました。しおばらおんせんのおりゅうさんはうまくいったが、はたして、このいえの、せがれのひきこもりもんだいは、うまくかいけつするかどうか、じしんがなかったのです。ひきこもりは、ふくざつなもんだいが、からんでいるばあいが、おおいのでたんじゅんなかんがえでは、なかなかかいけつしないもんだいだとわかっていたので、せいしんのなやみは、ふかまるばかりでした。そのためなかなかねつくことができませんでした。しかし、ひとつのかんがえがよぎりました。あるひとつのかんがえにかけてみようとおもったのです。そして、ねざけようのにほんしゅをすこしのみ、あんしんしたのか、しぜんとねこんでしまいました。
よがあけました。あさごはんもおえて、じぶんのへやでやすんでいると、じんすけと、おきくがやってきました。そしてじんすけが「せいしんさん、なにかいいちえは、うかびましたか?」といってきたのです。それをきいたせいしんは「まぁ、おふたりともすわりなさい。まずは、おちゃでものみましょう」といって、せいしんみずからふたりにおちゃをだしました。ふたりはきょうしゅくそうに、そのおちゃをのみました。しばらくするとせいしんは「このもんだいは、なかなかむずかしいもんだいです。おふたりにかくごをきめてもらわないと、なかなかとりかかれません」といったのです。それをきいたおきくは、びっくりしたようすで、せいしんにといただしました「かくごとはどういうかくごですか?」と。それをきいたせいしんは「いきるか、しぬかのかくごです」と、きっぱりといったのです。そのことばをきいたふたりはびっくりしてしまいました。そしてかおをみあわせて、しばらくそのままでいました。そしてじんすけが「そんなおおげさなもんだいなのですか?」といってきました。するとせいしんは「そうです。じんごろうさんのいっしょうのもんだいです。そしてこの``いろはや``のしょうらいのもんだいです。あなたがたは、きのうきいたかぎりでは、三つのまちがいをおかしています。ひとつはおかねのもんだいです。じんごろうさんが、おみせにしはらわなかっただいきんを、かわりにしはらったこと。それとわすれものしたとき、おきくさんが、もっていったこと。それとじんごろうさんのへやのそうじです。この三つです。まず、おかねをしはらわないと、よのなかではどうなるのかということを、みをもって、しらしめるひつようがあったのです。しはらわなかったおみせから、ぶぎょうしょに、うったえてもらい、じんごろうさんをつかまえるべきだったのです。あなたはそれではかわいそうだ、とおもわれるかもしれません。しかし、そのかわいそうだ、かわいそうだ、というのがじんごろうさんを、ますますずにのらせ、おやをなめるにんげんにしていったのです。それでだめになったのです。おかねをしはらわなければ、よのなかというのはこういうことになるのだぞ、という、ぜっこうのきょういくの、きかいをつぶしたのです。それとわすれものですが、これもじぶんでわすれたのだから、じんごろうじしんに、とりにこさせればよかったのです。これもじぶんのせきにんというじかくをそだてるきかいをつぶしてしまったのです。つぎにへやのそうじです。そんなものは、ほんにんにやらせればいいのです。どんなによごれても、けっして、おやが、てをだしてはいけません。じぶんのへやは、じぶんでそうじをさせるのです。かりにうじむしがわいても、てをだしてはいけません。そのなかでせいかつさせるのです。そうじをしなければどうなるのか、ということをたいけんさせるのです。このきぜんとしたおやのたいどが、たいせつです。さいごは、おやがなんとかしてくれるだろう、というあまえがあるのです。これではせきにんかんも、じりつしんもそだちません。きびしいいいかたかもしれませんが、こういうこまかいところがだいじなのです。かなめです。ただかわいそうではだめなのですよ」とふたりにいいました。それをきいていたふたりは、かたをがっくりとおとしてしまいました。そしてじんすけが「せいしんさん、さっきのかくごですが、もうすこしくわしくおねがいします」といいました。するとせいしんは「じんごろうさんのいのちを、わしにあずけるかくごということです。きのうきょうと、たったのふつかのつきあいですが、こんなこじきぼうずに、たいせつなひとりむすこのいのちを、あずけることができるかどうかということです。すベて、わしにまかせてもらえるかどうかということです。かりにじんごろうさんが、とちゅうでしんでも、ぶぎょうしょに、うったえないということです。いっぴつかいてもらうということです。それでいきるか、しぬかといったのです」と、きっぱりとじんすけにいいました。それをきいたおきくは「なんだかこわくなってきました。せいしんさん、そんなあらっぽいほうほうでほんとうにだいじょうぶなのですか?」と、しつもんしてきました。するとせいしんは「いや、ときにはあらっぽいことをやるかもしれませんが、きほんはそうではありません。じんごろうさんはなにもわかっていないのです。おやのありがたみや、たべもののありがたみ、くうきのありがたみ、よのなかのありがたみ、いまいきていることのありがたみ、かねのありがたみ、このいえにうまれたありがたみ、などなど、かぞえあげればきりがありません。とにかくなにもわかっていないことが、じんごろうさんのこころをだめにしているげんいんだ、とわしはおもうのです。もしかしたら、わしのけんとうちがいかもしれません。しかし、わしのけいけんからするとどうもそんなきがしてならないのです。にんげんは、ありがたみがわかったとき、ひとつのさとりをえるのです。むかしわしのどうりょうで、だんかから、すこしのやさいをもらってきては、すてていたふとどきものがいたのです。このものは、すこしのやさいのありがたみと、だんかのまごころというものが、まったくわかっていなかったのです。おそらくこばんだったらすてなかったでしょう。しかし、そのこばんでも、すくなければ、ふまんをいったでしょう。すくないやさいでも、ひとからもらったら、こころのそこからかんしゃできるにんげんにならなくてはいけません。そのひとの、めにはみえない、まごころというかちがついているやさいのありがたみを、こころからわからなければなりません。ありがたみや、まごころというのは、めにはみえないのです。このめにはみえないもののかちがわからないと、にんげんはだめになるのです。そのやさいをすてた、ふとどきものは、さいごには、だめなにんげんになってしまいました。いまは、しまながしのけいにしょせられて、はちじょうじまにいます。いっしょうそこからかえってくることはできません。にんげんは、ありがたみをわすれると、こころがだめになるのです。わしはにんげんをまずみるときは、そこのところをよくみます。そこがかなめだとおもっているからです。ですから、きほんはそういうところにおきます。しかし、ときには、にくたいもいじめなければなりません。ひゃくしょうのせがれで、ひきこもっているものはいません。かれらは、くわをつかって、あさからばんまでたんぼをたがやしています。ぜんしんのちからをつかい、はたらいているのです。そしてよるは、さけをのんでぐっすりとねるのです。ですから、にくたいろうどうは、にんげんのこころにはいいのです。らくをすると、にんげんのこころは、なんじゃくになるとおもっています」といいました。するとじんすけは「なるほど。すこしはわからないところもありますが、なかなかよいかんがえではないでしょうか。かくごがいるということがよくわかりました。それで、ぐたいてきには、わたしたちはどうすればいいのでしょうか?」と、しつもんしてきました。せいしんはすぐに「ぐたいてきには、このやどやに、わしとじんごろうさんのふたりですむということです。おふたりは、このいえからでていき、どこかで、しゃくやをみつけて、このやどやの、じゅうぎょういんになってもらいます。しゅじんは、じんごろうさんです。すべてじんごろうさんにまかすのです。なにがあっても、けっしてくちをだしてはいけません。ここがかんじんです」とこたえました。それをきいていたおきくは「わたしたちがここからでていくなんて、なにかへんです。じんごろうがでていけばいいのです。そしてここへかよってもらうのです。それではだめなのですか?」とせいしんにきいてきました。するとせいしんは「それではだめなのです。やどやのけいえいが、いかにたいへんなものかを、みをもってわかってもらうためには、しゅじんになってもらわないとわからないのです。そしておふたりが、いままで、いかにくろうしていたのか、ということを、こころのそこからわかってもらうひつようがあるのです。わざとくろうさせるのです。くろうしないと、にんげんのたましいは、みがかれません。らくなほうをえらぶと、たましいはさびるいっぽうなのです。ここもかなめです」と、きっぱりといいました。そして「ここは、おにになってもらわないといけません。あなたがたは、なにかかんちがいをしていたのです。やさしい``あい``だけが、``あい``だとおもっていたのです。``あい``には、きびしい``あい``もひつようなのです。つきはなす``あい``もひつようだということです。このことをこころにとめておかないと、にんげんが、だめになるのです。なんでもかんでもいたれりつくせりではだめなのです」と、すこしおおきなこえでつよくいいました。それをきいていたじんすけは「おきく、ここはひとつせいしんさんをしんじてまかせてみようじゃないか。どうもわたしたちは、せいしんさんのいうとおり、なにかかんちがいをしていたようにおもえてきたよ。たいへんなことだけど、はらをくくろう」といいました。しかし、おきくは、なかなか、がてんがいかないかおをしていました。そしておきくが「せいしんさん、きょういちにちかんがえさせてください。あたまのなかが、せいりできません。しゅじんとふたりでそうだんしてみます」とせいしんにいったのです。それをきいたせいしんは「わかりました。きょういちにちかんがえてください。むりにとはいいません。このやりかたは、おふたりのしょうにんと、きょうりょくがひつようです。よくはなしあってきめてください」と、おきくにいいました。そんなことで、いちおうはなしは、おわったのでした。けつろんは、あすにもちこされました。
(ここでちょっとひとやすみ おちゃのじかん) しょうひんこんせぷと
へやにもどったふたりは、すこしつかれたのでよこになりました。そしておきくが「たいへんなおぼうさんに、えんがありましたねぇ。こっちがいえをでていくなんて、どうもりかいできません」と、じんすけにいいました。するとじんすけは「いや、ひとつのかんがえかたかもしれんぞ。いままで、なんのくろうもしてこなかったじんごろうには、ちょうどいいきかいかもしれない。せいしんさんのいっていることは、まんざらまちがってはいないとおもえるのだ。おきくよ、ここはせいしんさんのいうとおりにやってみないかい?」といいました。するとおきくは「そうですねぇ。ここはてんがあたえたしれんとおもって、せいしんさんにおまかせしてみるのもひとつのほうほうかもしれませんねぇ」といいました。するとじんすけは「よし、きまった。じんごろうには、こんばんつたえよう」といって、ふたりは、すこしつかれたので、そのままひるねをしてしまいました。
そんなことがしんこうしているということもしらずに、じんごろうは、へやのなかで、もんもんとしていました。そしてときどきへんなことをいっていました。おれがこうなったのは、おやがわるいのだ、せけんがわるいのだ、うまれてきたのがまちがいだったんだ、なすおんせんの、りょうりのおやかたのやろう、えらそうにいばりやがって、ちくしょう!! などなどと、じぶんのこころなど、ひとつもかえりみず、つねにひとのことをこのようにわるくおもっていました。そうなのです、じんごろうは、すべておれがこうなったのは、おれがわるいのではなく、じぶんいがいのものがわるいのだ、とかんがえていたのです。そのかんがえからぬけだすことができなかったのです。
よるになりました。じんごろうが、じんすけと、おきくによばれました。じんすけが「じんごろう、じつはなぁ、あしたからわれわれふたりは、このいえからでていくことになった。ごはんもすべてじぶんひとりでりょうりしてたべるんだぞ。おまえに、このやどやをまかすことになったのだ。おかねもぜんぶまかす。ただし、いま、おとまりになっているせいしんさんが、おまえのめんどうをみることになっている。すべてせいしんさんのいうことをきくのだぞ。わかったか?」といったのです。おどろいたじんごろうは「えー!! ひとりでぜんぶやるのか?」とじんすけにいいました。するとじんすけは「かあちゃんと、とうちゃんは、このやどやのじゅうぎょういんとしてまいにちかよう。ただし、なにがおきてもくちはぜったいにださないことになっている。おまえがすべて、このやどやをしきるのだ」といいました。するとおきくがすぐに「とうちゃんと、かあちゃんは、おまえをなんとかいちにんまえにしてやりたいのだよ。もしそれがいやなら、``いえで``してもいいよ」といったのです。しかし、じんごろうにはそんなこんじょうはありませんでした。よくわからないまま、じんごろうは、しぶしぶりょうかいさせられました。そして、こんなことになったのは、せいしんという、どこのうまのほねかわからない、こじきぼうずのせいだとかんがえたのでした。そしてこころのなかで「あのくそぼうずめ、いまにみていろ。ただではおかないからな」とかんがえたのでした。すべてひとのせいにしていたじんごろうですから、そういうおもいにいたるのはとうぜんでした。
そして、よがあけ、すべてをまかすことを、せいしんにつげたじんすけと、おきくは、いえをでて、やどやから、すこしとおいしゃくやをかりました。ほんとうにでていったのでした。せいしんと、じんごろうのたたかいが、いよいよきっておとされたのです。じんごろうは、せいしんをうらんでいますので、せいしんをみるなり「このくそぼうず、よくもこんなことをしてくれたなぁ!! おれはぜったいにおまえのいうことなどきかないからな!!」といったのです。そのことばをきいたせいしんは、いきなりなわをもってきました。そしてじんごろうになにもいわずに、あっというまに、じんごろうのからだになわをまきつけてしばりはじめました。ふいをつかれたじんごろうは「な、な、な、なにをするのだ、このくそぼうずめ!! このくそぼうずめ!!・・・・」となんどもなんどもいいましたが、せいしんは、ひとこともくちをききませんでした。そしてそのうちに、やどやの、うらてにある、イチョウのきのえだに、なわをなげて、じんごろうをうえにつってしまいました。これではさすがのじんごろうも、ても、あしも、でませんでした。「ちくしょう!! なにをしやがる、いまにみていろ、このくそぼうずめ!!・・・・・」とさけぶばかりです。それをきいていたせいしんは、はじめてくちをひらきました。「いままでおまえはうまくいかないと、すべてひとのせいにしていきてきただろう!! そんなおまえの、くさったこんじょうを、たたきなおしてやる。いいかかくごしろ。おまえがしぬか、わしがしぬかのたたかいだ!!」といきなりいったのです。それをきいたじんごろうはびっくりしてしまいました。そしてこわくなりました。あんなにいせいのいいことをいっていたのが、ぴたりと、とまりました。せいしんは「にんげんは、じぶんのかおがみえないのとおなじく、じぶんのこころはみえない。みようともしない。しかし、ひとのこととなるとよくみえるものだから、じぶんがうまくいかなくなると、すべてひとのせいにしたくなるのだ。そのほうがらくだからな。おまえはいままでじぶんをかえりみることをしてこなかっただろう。ひとばんあたまをひやして、いままでのことを、ふりかえってみつめなおせ!! わかったか!!」と、じんごろうにつよくいったのです。それをきいたじんごろうは「くそー、くそー・・・おまえは、なんのけんりがあって、おれをこんなめにあわせるんだ!! くそー、くそー・・・・」というばかりでした。いままでそんなことをいうひとと、ここまでやるひとはいなかったのです。いやがおうでも、じんごろうは、いままでのことを、かんがえざるをえなくなったのです。そのばん、じんごろうは、ひとばんじゅうないていました。かあちゃんと、とうちゃんはいるのに、いっこうにたすけてくれません。みてみぬふりです。じんごろうは、なみだもかれてしまいました。そして、そうとうのたいりょくをしょうもうしてしまいました。
そんなよるもすぎて、あさになりました。じんごろうは、すっかり、きりょくがなくなっていました。それをみたせいしんは「だいぶまいったようだな。これではわしにかかってくるげんきもなさそうだ」といって、えだにぶらさがっているじんごろうを、おろして、なわをほどいてやりました。あんのじょう、じんごろうは、たてずに、よこにねてしまいました。せいしんは「たいりょくがあるのに、まいにち、まいにち、いえにいては、おかしくなるのもとうぜんだ」とおもったのでした。じんごろうは、こんどは、はらがへってきました。せいしんに「はらがへってきたので、なんかたべさせろ!!」というではありませんか。せいしんはすかさず「いままでだまっていてもごはんがでてきただろう。じぶんでつくってたべたことなどないだろう。おまえがたべているものは、ぜんぶおみせからかってこなければならないのだぞ。かうにはおかねがいる。おかねをかせぐには、はたらかなければならない。それなのにおまえは、はたらいていない。おやのかねでかってきたしょくりょうで、おやからりょうりしてもらい、ただそのりょうりをたべるだけだ。そしておまえは、おやがたてたいえで、やちんもはらわないでへいきでくらしている。しぜんかいのどうぶつをみてみろ。みんなくうためにひっしだ。しぜんかいはくうかくわれるかのせかいだ。にんげんも、きれいごとをいっているが、にたようなものだ。しかし、しぜんかいとちがうところがひとつある。それは、ぶっしょうのたましいであるだいやもんどだましいをもっているということだ。せいぞんきょうそうはきびしいが、このたましいのおかげで、ほんとうのいきるいみをみうしなうということはない。しかし、このたましいをみうしなったとき、いくさ(せんそう)がおきるのだ。おまえも、ほんらいこのだいやもんどだましいは、こころのおくそこにもっている。しかし、いろんなことがげんいんでなかなかおもてにでてこないだけなのだ。おまえはいまこのだいじなだいやもんどだましいを、こころのちゅうしんにすえていきていくことがだいじなのに。にんげんも、しぜんかいのどうぶつとおなじく、まいにちが、たたかいなのだぞ。なにとたたかっているのかというと、まずは、じぶんとのたたかいだ。にんげんのさいだいのてきは、まずはじぶんなのだ。てきはたにんではないぞ。うちなるこころのてきが、おまえのこころのなかにすみついているのだ。そいつをまず、だいやもんどだましいで、そうじしなければならない。せんにゅうかんねんや、ざつねん、もうそうも、いっしょにそうじされる。そのたたかいに、まずかつことだ。つぎにきょうそうというたたかいだ。このたたかいが、げんどうりょくとなって、にんげんは、しんぽしているのだ。ここからにげてしまうと、こころはどんどんいいわけというじつにここちいい、りくつをつくりはじめるのだ。おまえはここがわかっていない。このきびしさと、こころのげんりが、わかっていない。にんげんが、いきていけるのは、さかなやどうぶつたちを、ちえをつかってつかまえてきて、たべているからだ。にんげんが、いちまいも、にまいもうえってことだ。くうかくわれるかのくうほうがにんげんだ。そんないちまいも、にまいもうえのにんげんのおまえが、じんせいが、うまくいかないのは、おれがわるいんじゃない、ひとがわるいんだ、おやがわるいんだ、よのなかがわるいんだ、とぜんぶせきにんを、おしつけている。これはおまえのこころがこしょうしているからだぞ。こしょうしているからうまくいかないのだ。いいか、きかいでもどこかこしょうしていればうまくいかないものだ。もし、きかいがこしょうしたらどうする? どこがこしょうしているのか、きかいのなかをみてみるだろう。そしてこしょうしているところをはっけんして、そこをしゅうりしてうごかすだろう。おまえはこころがこしょうしているにもかかわらず、そのこしょうしているところをはっけんしようともしない。これでは、おまえのじんせいがうまくいくはずがない。こころというのは、ほとんどかんがえかたということだ。かんがえかたというのは、ひとがなおせるものではない。じぶんでくろうしながらなおすしかないのだ。おまえをだめにしているのは、そのこしょうしているところを、はっけんしようともしない、おまえじしんのこころなのだ。それがおまえをだめにしている、はんにんだ。そしてな、おまえは、たべもののありがたみ、りょうりをつくってくれるおやのありがたみ、しょくりょうをかうことができるおかねのありがたみが、まったくわかっていない。だいやもんどだましいは、わしが、おいおいと、おしえてやる。しばらくなにもたべずにここにいろ。いま、にげられないようにこのきにしばるぞ」といって、こんどはじんごろうをしゃがんだままそのきにしばりつけました。これではいくらはらがへっても、なにもたべられません。せいしんは、そのままじんごろうを、きにしばりつけたままいってしまいました。
じんごろうは、きにしばりつけられたじょうたいで、みっかかん、そとにほうちされました。そんなじんごろうは、はらがへって、はらがへって、どうにもなりません。いままでこんなけいけいなどしたことがありませんでした。とうとうないてしまいました。しかし、どんなにないても、わめいても、たべものはでてきませんでした。そしてしばらくすると、せいしんがやってきました。そしてじんごろうに「どうだ、たべもののありがたみをかんじるか? おやのありがたみをかんじるか? かねのありがたみをかんじるか? おまえは、いままでたべものにかんしゃしたことは、いっぺんもないだろう。おやをあごでつかってきただろう。かねはてんからふってくるものとおもっていただろう。おやもおまえをおうさまにしたのがまちがいだったのだがな」といったのでした。そういってせいしんは、みずをすこしじんごろうにやりました。じんごろうは、こんなにもみずがおいしいとはおもいませんでした。おもわず「うめー、うめー・・・・」とさけんでしまいました。それをみたせいしんは「みずがどんなにだいじなものかわかっただろう。あまりにもみずがふつうにあるものだからみずのありがたさもわからなくなっていたのだぞ」と、じんごろうにいいました。じんごろうは「うん、うん、・・・」となんどもくびをたてにふり、せいしんのいうことにあいづちをうっていました。そんなじんごろうをみたせいしんは「このにんげんは、たすかるかもしれないな」とおもったのでした。そして、そのばを、はなれました。しばらくしてこんどはおかゆをすこしもってきてやりました。せいしんはじんごろうのくちにおかゆをたべさせました。じんごろうはあまりのうまさになみだをながしました。せいしんはこころのなかで「きいたようだなぁ」とおもいました。そしてじんごろうにむかって「このこめはなぁ、おひゅくしょうさんがなぁ、ひろいたんぼを、くわで、じぶんのちからでたがやしてつくったこめなんだぞ。いちにちじゅうたんぼをたがやしてみろ。くたくたになるのだぞ。それだけではこめはできない。まだまだじゅうろうどうしなければならないのだ。そんな、おひゃくしょうさんのことをかんがえて、このおかゆをすするのだぞ。そうすればもっとこのおかゆのありがたみがわかるぞ」といいました。それをきいていたじんごろうは「うん、うん・・・・」とくびをたてにまたふりました。せいしんはこころのなかで「このにんげんは、いがいとすなおなところがあるぞ」とおもいました。そしてイチョウのきから、かいほうしてもいいようなきもちになっていきました。しかし、そのことがあとでとんでもないことになろうとは、せいしんはゆめにもおもっていませんでした。
おかゆをたべさせて、しばらくしてせいしんは、じんごろうに「どうだ、おかゆのありがたみがわかったか?」としつもんしたのです。するとじんごろうは、ちいさいこえで「はい、わかりました」といったのです。それをきいたせいしんは「いまおまえを、そのきからかいほうしてやるぞ」といったのです。そして、きにしばられているじんごろうのなわをほどいてやったのでした。すると、じんごろうは、すかさずはしってにげました。おどろいたせいしんは「こらーまて!!」といって、おいかけていきました。じんごろうは、だいどころにあったさしみぼうちょうをとりにいったのでした。そしてそのほうちょうをもってくるなりせいしんに「このやろう!! よくもこんないたいめにあわせてくれたな!!」といって、せいしんめがけてとっしんしてきたのです。せいしんは、けんじゅつのこころえがあったので、かんいっぱつで、そのほうちょうからみをまもることができました。そしてじんごろうにむかって「ころせるならころしてみろ!!」といってじんごろうにせまりました。せいしんはほんとうにたたかうべきときがきたな、とかんじていました。これはさけてとおれないな、ともかんがえていました。おたがいの、かんがえと、かんがえのたたかいがはじまったのでした。じんごろうは、せいしんのはくりょくにあっとうされていました。いざ、ほうちょうをもってあいてをころそうとおもっても、てがふるえてしまって、どうしてもつぎのこうどうがとれませんでした。せいしんは、そんなじんごろうのすきをみて、ほうちょうをもっているてを、おさえて、ほうちょうをとりかえすことにせいこうしたのです。じんごろうは、こしくだけになり、よろよろとくずれてしまいました。そしてがっくりとかたを、おとしたのです。まさに、いきるか、しぬかの、たたかいのしゅんかんでした。せいしんは、じんごろうとのたたかいにしょうりしました。じんごろうは、いままで、じぶんがすべてを、しはいしていたとおもっていたものが、せいしんによって、ほうかいさせられたのです。
それからというもの、じんごろうはひとがかわったようにせいしんのいうことをすなおにきくようになりました。ちからかんけいがおやのときとちがいぎゃくてんしたのでした。せいしんはじんごろうにきびしくせっしました。かねのありがたみ、くうきのありがたみ、おきゃくさまのありがたみ、たべもののありがたみ、などなど、このよのなかのすべてのもののありがたみを、みをもってわからせようとしていたのでした。しかし、せいしんは「こころからわかる」ということがいかにむずかしいかということもわかっていました。そのため、だきょうはゆるしませんでした。
そんなきびしいせいかつが、はんとしけいかしました。じんごろうは、このはんとしかんの、せいしんのしどうにより、じぶんのかんがえかたが、まちがっていたことがわかったのです。こころのこしょうかしょを、はっけんすることができたのです。じぶんがまちがったかんがえかたをしていることにきづいたのでした。すべてうまくいかなかったげんいんが、じぶんにあるということをさとったのでした。せいしんは、そのことにきづいたじんごろうをみて、このせいかつが、おわりにちかいとかんじていました。そして、じんすけと、おきくにこうつげました「これでわしはここからさります。じんごろうさんもよくがんばりました。やっとわかったみたいです。わかるということはたいへんなことなのですが、こくふくしたようです。しかし、にんげんは、まんしんというのもありますから、ひび、じぶんをりっしなければなりません。そこをよくみてやってください。そしてだいじなことは、けっしてこどもを、おうさまにしてはなりません。おやのいげんが、たいせつなのです。ちからかんけいのしゅどうけんは、おやがにぎらなければなりません。わしは、しゅどうけんをにぎるたたかいで、さいしょはころされるかとおもいました。しかし、なんとか、しょうりすることができました。そのためにじんごろうさんは、たちなおることができたのです。ほんにんも、なすおんせんで、もういちどいたまえのしゅぎょうをいちからやりなおしたいといっています。ぜひじつげんさせてください」と。そのことをきいたふたりは、せいしんのいったとおりにしました。そしてせいしんは、おれいにじんすけから、おかねをすこしいただき、つぎの、じょうしゅうのぬまたへと、たびだっていったとさ。 おしまい |